病院だより

野上獣医師の退職のお知らせ

2019年より当院にてたくさんの患者さんのためにご尽力いただいた野上獣医師の退職をお知らせさせていただきます。

退職日時:2024年6月末日

野上獣医師が担当させていただいていた飼い主様におかれましては、引継ぎ等でご心配な点がありましたらお気軽にスタッフまでご相談ください。

 

『病院だより』の更新情報

◯野上獣医師の『Dr野上の腫瘍講座7』がアップされました。今回の内容は消化管に発生するリンパ腫に関してです。リンパ腫のタイプによっては臨床症状だけでは慢性腸炎との鑑別が難しいものもあり、また、鑑別診断には鎮静や麻酔が必要な場合も多く、早期診断に苦慮する場合が多くあります。さらには、治療の選択肢も多く、どの治療が愛犬、愛猫に最善かを迷ってしまう事も多くあります。慢性の下痢が続きなかなか治らない場合や、治療方針に迷われている方はどうぞお読みください。セカンドオピニオンご希望の飼い主様にはご予約にてご相談を受けつけております。

◯前十字靭帯断裂の治療及びトイ種の前肢(橈尺骨)骨折の相談窓口はコチラからお問い合わせください。

獣医腫瘍科認定医 Dr野上の腫瘍講座7

〜消化管に発生するリンパ腫について〜

犬や猫では、悪性リンパ腫は消化管腫瘍のなかで最も多く発生する腫瘍です。

慢性的な食欲不振や嘔吐、下痢、体重減少などの症状を呈する高齢の犬や猫で診断されることも多くあります。

同じリンパ腫であっても悪性度や治療反応性は様々であり、抗がん剤を中心に多くの治療法が検討されています。抗がん剤治療と聞くと動物たちのストレスや副作用など負の側面が目立ち、治療に不安のある方も多くいらっしゃると思います。現在では、抗がん剤の副作用を予防、軽減する対策も充実しており、当院でも抗がん剤治療の際は積極的に対策しています。

また、動物たちのリンパ腫の治療は「完治」ではなく「長期寛解」を目的としており、腫瘍と共存しながらもできる限り長く、かつ元気に過ごすことができるよう治療を進めていきます。人の抗がん剤治療と比較して動物では薬剤を少なく投与することで、腫瘍に対する効果が減弱するというデメリットはあるものの、副作用の発現を抑えられるというメリットがあります。

リンパ腫は白血球の中のリンパ球が腫瘍化したもので、体のあらゆる部位で発生します。消化管のリンパ腫は胃、小腸、大腸や腹腔内のリンパ節にしこりを作り増殖することで様々な消化器症状が現れます。

今回は高齢の犬や猫で発生することが多い消化器のリンパ腫の診断、治療法についてまとめました。慢性的な消化器症状を呈する動物たちの検査や治療でお困りの方や、リンパ腫の疑いや診断を受けどのような治療が良いか迷われている方など少しでもお役にたてば幸いです。

 

診断
腹部エコーなどの画像検査により、消化管の腫瘤や腹腔内リンパ節の腫大、病変の発生部位(胃、小腸、大腸)などを確認します。腫瘤やリンパ節の腫大が認められた場合には、細い針を用いて病変の細胞を採取する細胞診を無麻酔または軽い鎮静下で実施します。

多くの場合細胞診で診断がつけられるのですが、以下のようなケースでは内視鏡検査や開腹下での腸の組織検査を考慮する必要があります。

・腫瘤が固く細胞診で十分な量の細胞が採取されない場合
・細胞診のみでは慢性腸炎という非腫瘍性疾患との区別が困難な場合(とくに小細胞性リンパ腫の場合)
・腫瘤を形成せずエコー検査で異常が検出されないタイプのリンパ腫の場合など

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<リンパ腫の消化管のエコー画像>
消化管(黒い部分)がドーナツ状に厚くなり、しこりを形成しています。

治療法
リンパ腫の多くは抗がん剤の効きが良いことや診断時には病変が広範囲に及んでいることが多くあるため、抗がん剤治療が適応となります。

犬や猫ではCOP、CHOPプロトコルと呼ばれる多剤併用療法(ドキソルビシン、ビンクリスチン、シクロフォスファミド、プレドニゾロン)が第1選択とされてきました。このプロトコルは体表に発生するリンパ腫(多中心型リンパ腫)に対しては非常に効きが良いのですが、消化器のリンパ腫に対しては効果が劣り、生存期間中央値は2~3か月ほどと報告されています。

また、このプロトコルに含まれるビンクリスチンという薬剤には消化器毒性があり、特に猫では1~2週間ほどの食欲低下や消化器症状が続くことがあります。リンパ腫の影響で嘔吐や下痢を呈している動物たちにとってはできれば避けたい副作用です。

近年ではビンクリスチンの代替薬として消化器毒性の少ないビンブラスチン、CCNU、ACNUと呼ばれる抗がん剤が選択されることもあります。これらの薬剤は消化器毒性は少ないものの骨髄毒性が強く白血球の数が大幅に減少することから、抗がん剤治療中の感染症などには注意が必要です。CCNUやACNUを用いたプロトコルではCHOP、COPプロトコルと比較して生存期間中央値が延長する傾向が認められ、消化器毒性が少ないことから消化器のリンパ腫においては主戦力となってくる治療と考えられます。

また、消化管のしこりが原因で腸閉塞や腸穿孔が疑われる場合は、抗がん剤治療の前に開腹手術にてしこりのある部位の消化管を切除する必要があります。この場合は放っておくと腹膜炎や敗血症に進行し命に関わるため早急な処置が必要となりますが、周術期のリスクも非常に高くなるため、麻酔手術に耐えられるかどうか慎重に判断しなければなりません。

また、閉塞や穿孔が疑われない消化管のしこりに対し、外科手術にてしこりの切除を実施後に抗がん剤治療を組み合わせる治療法も検討されています。特に猫では病変が限局していることもあり、外科手術も併用した場合の生存期間中央値が14か月と抗がん剤単独治療よりも良好な治療成績が報告されています。

低悪性度のリンパ腫ではクロラムブシル、メルファラン(+ステロイド)というご自宅で投薬が可能な抗がん剤治療が中心となり、生存期間中央値も約2年と経過が緩やかなことが多いです。

 

消化管のリンパ腫は種類によって治療法や予後が大きく異なります。病理検査の結果に基づいた適切な抗がん剤治療によって、より長く安定した体調を維持できることが理想的ですが、動物とご家族にとって治療が大きな負担となってしまわないよう、あらゆる治療方法についてメリットやデメリットを交えご提案させていただきたいと思います。副作用を考慮した抗がん剤や、副作用の予防や対策、通院頻度を抑えた治療法など詳しく知りたい方はどうぞ一度ご相談ください。

 

『病院だより』の更新情報

◯野上獣医師の『Dr野上の腫瘍講座6』がアップされました。今回の内容なモーズペーストという局所療法で、高齢などを理由に切除が困難な体表のシコリ(自壊したもの)に対して無麻酔で対応できる選択肢のご紹介です。グジュグジュになったイボやシコリでお困りの方は一読ください。

◯伊藤獣医師の『TPLO?TTA?関節外法?』がアップされました。前十字靭帯断裂時に検討しないといけない色々について詳しく書かれています。ご興味のある方は是非読んでみてください。

◯前十字靭帯断裂の治療及びトイ種の前肢(橈尺骨)骨折の相談窓口はコチラからお問い合わせください。

獣医腫瘍科認定医 Dr野上の腫瘍講座6

〜モーズペーストについて〜

高齢の犬や猫では体の表面に様々な大きさのしこりが複数発生することが多く、中にはしこりの表面が破れたり潰瘍化することで出血や臭いが生じてしまうこともあります。

このようなしこりは、細胞診などの検査結果に基づき手術にて切除することが基本ではありますが、様々な理由により全身麻酔が困難な場合も多くあります。また、全身麻酔ではなく局所麻酔にて切除することもありますが、しこりの大きさや発生した部位によっては処置が難しいこともあります。このような場合には毎日の消毒やテーピングで患部を覆うなどの処置が必要となり、動物たちや飼い主さんの日々の負担も大きいものとなってしまいます。

当院ではこのように切除が困難なしこりに対する治療法のひとつとして、麻酔を必要とせず侵襲の少ない方法でしこりの縮小や消失が期待できるモーズペースト法を取り入れています。

モーズペーストとは人の医療において体表の腫瘍に対して軟膏を塗布する緩和治療のひとつで、近年獣医療においてもその報告が増えてきています。

モーズペーストに含まれる塩化亜鉛はタンパク質の変性や殺菌作用を有し、体表腫瘍からの出血や浸出液、悪臭などの抑制、腫瘍の縮小などの効果が期待できます。特に表面が潰瘍化してじゅくじゅくしているような腫瘍などで適応となりますが、腫瘍の種類や状態によって、効果は様々です。

 実際の処置では、患部の毛刈りや洗浄後、しこりの上にモーズペースト軟膏を塗布し、数十分~1時間後に洗い流します(しこりの大きさや深さ、薬の浸透具合により塗布時間を調整します)。その際、薬の浸透による局所的な痛みに対し痛み止めを併用したり、周りの正常な皮膚をワセリンや医療用テープにより保護し、薬の周囲への影響を最小限にとどめるよう注意しながら処置を進めていきます。

その後は7~10日ごとにご来院いただき、しこりの縮小具合などを確認しながら処置の回数を決めていきます。

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500円玉大の表面が潰瘍化したしこり
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モーズペースト塗布後

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1週間後 しこりが1cm以下に縮小し出血や浸出液が抑えられています

モーズペーストは獣医療においては、まだ報告は少なく比較的新しい治療法のひとつですが、手術が困難な犬や猫において全身麻酔を必要とせず生活の質を改善しうる有効な緩和治療のひとつであると考えられます。

表面がじゅくじゅくしているような体表のしこりについてお困りの方や、モーズペーストについて詳しく知りたい方など、どうぞお気軽にご相談ください。

獣医師:野上