病院だより

整形外科用抗菌コーティングプレート

人医療で使われている抗菌効果のある銀コーティングされたプレートが動物でも使えるようになりました。プレートとは整形外科で使用される金属製のインプラント(体内に入れ込む器具の総称)なのですが、インプラントが体内に入るということは、同時に感染リスクを持つという事を意味します。そのため、特にインプラントを多用する整形外科領域では手術時の感染予防は術者にとっても最大の関心事項でとなり、術前、術中、術後の感染対策が各施設でできる限りの対策をもって挑まれています。

下図は犬の膝の靭帯断裂(前十字靭帯断裂)で使用される銀コーティングされたTPLOプレートと呼ばれるものです。従来はシルバー色のプレートがゴールド仕様になっています。見た目の特別感もさることながら、人医のデータではありますが、銀コーティングには細菌付着阻害効果やバイオフィルム形成阻害効果があり、これまで通りの感染対策を行いながら抗菌コーティングプレートを使用する事で感染リスクが減じる事が証明されています。
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人医の世界から入ってくる様々な技術の速度が、一昔前と比べて少しづつではありますが早くなってきているように感じられるようになってきました。当院でも積極的により良い技術を取り込み、動物の治療の向上に少しでも貢献できる事を目標にしています。

BOAS(短頭種気道症候群)

ブルドックやフレブル、パグ、シーズーなどの短頭種で、短頭種らしい可愛い仕草を思い浮かべた時、どのような仕草を思い浮かべるでしょうか。BOASとは短頭種に見られる先天的な呼吸器の形態異常と、それに続発する様々な気道疾患の総称です。正常と病的の境界線が非常に不明瞭で、かつ、基礎疾患の放置により様々な続発疾患の発生が知られていることより、早期発見が非常に大切な疾患の一つです。

以下の表に、健康な短頭種の『仕草』と病的(BOAS)な短頭種の『臨床症状』を順番に対比させて書いてみました(例:健康な短頭種の①とBOASの①は同じ症状を表現を変えて書いています)

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『仕草』と『臨床症状』を対比で書いてみましたが、おそらく獣医師にも飼い主も自信を持って両者の違いに正しく線引きをすることは難しいと思います。これがBOASの発見を遅らせてしまう要因となり、後述する続発疾患の併発を許してしまう事につながっています。

 

BOASを発生させている基礎疾患と、それに続く続発疾患
短頭種は品種改良によって鼻が短いという遺伝的形態的な特徴を持っています。この特徴が過剰に出た場合、病的な特徴となり基礎疾患と表現されます。基礎疾患の存在により、呼吸の際の空気抵抗が増大する結果、短頭種の子達は、増大した空気抵抗に対抗するために、常に口角を広げ空気の流入口を広げる努力をしたり、腹筋を使って少しでも空気流入量を増やそうと日々努力をしながら生活をするうちに、下記に示すよ理由で様々な続発疾患が発生してしまいます。

BOASの基礎疾患
◯鼻孔狭窄
◯軟口蓋過長
◯軟口蓋肥厚
◯巨大舌
これらの遺伝的な形態異常によって、呼吸の際の空気の流入量が減少する結果、減少した空気の量を補うために、努力呼吸(過剰な呼気圧、吸気圧の連続)が発生。長年の過剰の努力呼吸が気道の各構造物に負荷をかける結果、次の挙げられるような続発疾患が段階的に発生し、ますます呼吸が苦しくなり、ますます努力呼吸が強くなり、ますます気道の構造物に負荷がかかりという悪循環がBOASの正体ということができます。

BOASの続発疾患
◯気道粘膜の浮腫
◯喉頭小嚢の反転
◯楔状突起(喉頭の構造の一部)の内側変異
◯小角突起の内側変異(喉頭の構造の一部)
◯胸腔内圧上昇に起因する胃食道逆流
◯逆流性喉頭炎
◯中耳炎
◯肺性心
◯など

基礎疾患続発疾患の組み合わせによって発生する空気抵抗の慢性的な増加は、さまざまな続発疾患を併発させながらいずれ喉頭虚脱へと発展、永久気管瘻なしでは、自力呼吸が難しい状態となってしまいます。

重要なポイント
BOASの基礎疾患が比較的良好に治療できる事に対して、続発疾患の多くは診断時には既に慢性経過を示していることが多く、治すことが難しいものが含まれます。また、いくつかの続発疾患の組み合わせにより、構造的及び時間的負荷の蓄積の結果、恒久的な喉頭の機能不全である喉頭虚脱を発生させます。喉頭虚脱は、永久気管瘻の設置を余儀なくされる病態で、QOLに大きな影響を与えてしまいます。そのためBOASの早期診断、早期治療はとても重要な課題となります。

BOASの早期診断、早期治療のための『自宅での観察ポイント』
フレンチブルドック、パグ、シーズー、ボストンテリアを家に迎えた際は、からなずBOASの基礎疾患の存在を意識する事が大切です。自宅で観察していただきたいポイントを以下となります。
鼻の穴(鼻孔)の観察
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正常な鼻孔と狭窄した鼻孔の比較です。狭窄の程度は様々ですが、流体力学的には鼻孔の狭窄は空気抵抗の増悪因子としては最も影響力が強い因子といわれています。

呼吸の観察
◯呼吸音が大きい
◯開口呼吸が多い
◯タンや咳が多い
◯舌なめずりが多い

上記の観察結果で気になる所があった場合には必ず獣医師にお伝えてください。まずはBOASの基礎疾患を疑うこと、ついで正しく評価することが重要となります。軟口蓋や巨大舌などの基礎疾患の評価には麻酔が必要となります。現在、多くの場合で避妊、去勢手術が選択されていますので、その麻酔の際に一緒に評価をすることをお勧め致します。BOASの基礎疾患が疑われたら、成長に伴う変化を観察しながら必要な場合、生後12ヶ月までには基礎疾患の矯正の手術を検討し、続発疾患の併発を防ぐ事が大切です。

BOASの治療目的
◯上部気道閉塞の主な原因の除去
◯若いうちに対処することによる続発疾患併発の最小化
◯誤嚥性肺炎の予防
◯胃食道逆流の軽減と予防
※呼吸音の完全な正常化は短頭種の構造上難しいといわれています。

 

短頭種、BOAS症例に共通した生活上の注意点
◯暑さ
◯多湿
◯過剰な運動や興奮
◯長時間のストレス
◯不用意な麻酔
◯呼吸器外科
上記がずべて呼吸器症状の悪化の増悪因子となります。特にBOASを抱えながら高齢となってきているコ等には特別な注意をしてあげてください。

 

まとめ
慢性疾患として様々な病態を示すBOASですが、いくつかの基礎疾患から時間経過とともに様々な続発疾患を併発させながら治療が難しい状態に発展することが知られています。また、特に生後12ヶ月以内の若齢の場合、基礎疾患の治療によって良好な長期経過が得られる事が報告されており、BOASの早期発見は重要なカギとなります。診断には麻酔が必要となりますが、避妊や去勢を行う機会がある際には、BOASの存在を疑って、基礎疾患の評価を一緒に行っておくことで早期発見、早期治療に繋がります。短頭種をお家に迎えられた際には『自宅での観察ポイント』をみてみて下さい。

 

獣医師:伊藤

 

 

 

 

 

 

獣医腫瘍科認定医 Dr野上の腫瘍講座4

〜動物の緩和ケアについて考える〜

 緩和ケアとは以前は終末期に行われるケアというイメージがありましたが、現在では腫瘍をはじめとする主に慢性疾患の診断を受けたときから、その疾患に対する根本治療と並行して行うケアであると位置づけられています。

緩和ケアは症状を和らげ生活の質を改善することを目的とし、検査所見や罹患している疾患そのものより、「今ある症状」にフォーカスした治療です。

人医療では早期から緩和ケアを取り入れることで生活の質が保たれるだけでなく、寿命の延長につながるなど多くのメリットがあることがわかっており、細かなガイドラインが定められ様々な側面からケアが行われています。一方、動物医療ではそのような明確なガイドラインはないものの、動物たちの身体的苦痛を取り除くことができるよう日々の診療の中に緩和ケアが取り入れられていることが多くあります。高齢の動物で腫瘍に罹患した場合には根治を目指した積極的な治療が困難なことも多く、緩和ケアはより重要な立ち位置を占めていると言えます。

緩和ケアには疼痛管理をはじめとした薬物療法のほか、栄養学的管理や積極的な緩和ケアとしての治療(外科、放射線、化学療法など)など様々なものがあります。

例えば、口腔内に悪性腫瘍が発生した場合の緩和ケアとして腫瘍の容積を減らすための外科手術や放射線治療、腫瘍の進行により十分な食事が取れなくなることを想定した胃婁チューブの設置、疼痛に対する鎮痛薬の使用などが挙げられます。

疼痛管理について
近年では疼痛の程度や病態に応じて鎮痛薬の選択肢が増えてきました。実際に周術期や入院治療中の症例において麻薬性鎮痛薬の使用による鎮痛効果も強く実感しています。

今回は実際に使用している薬剤についていくつか紹介させていただきます。治療を選択する際の参考にしていただけると幸いです。

オピオイド
鎮痛効果の弱いものから順に
ブトルファノール<ブプレノルフィン<モルヒネ<フェンタニル

・ブトルファノールは鎮痛作用が弱いものの、軽い鎮静作用もあり不安を和らげる作用があります。

・ブプレノルフィンは基本的には注射薬ですが、猫では歯肉からも吸収されるためご自宅で経口投与も可能です。

・フェンタニルは非常に強い鎮痛効果が得られ、特に点滴で持続投与することにより長時間鎮痛効果が持続します。作用発現までは12~24時間ほど要しますがご自宅ではフェンタニルパッチという動物の皮膚に貼るタイプの薬剤も使用可能です(麻薬であるため使用には注意が必要です)。効果が強い分、呼吸抑制や鎮静などの副作用が他の薬よりも多く認められるため慎重な投与が必要です。

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NMDA受容体拮抗薬(ケタミン、アマンタジン)

・ケタミン(注射薬)は麻酔薬として使用されることが多い薬剤ですが、痛みの増強を抑える効果などが期待できます。

・アマンタジンはケタミンの内服薬であり、ご自宅での投与が可能です。

 非ステロイド系消炎薬(メロキシカム、フィロコキシブ、ロベナコキシブ)

・安定した鎮痛効果が見られる経口薬で、最も多く処方される消炎鎮痛薬のひとつです。

・他の薬剤との併用でより強い鎮痛効果が期待できます。

・長期投与による消化管潰瘍や腎障害に注意が必要です。

 ガバペンチン、プレガバリン

・神経性の疼痛に対しての効果が期待されます。

・抗不安作用もあり、来院時にかなり緊張してしまう猫ちゃんにはご自宅で内服することで不安を軽減させることもお勧めです。

 抗NGF抗体薬(リブレラ、ソレンシア)

・昨年犬と猫の慢性関節炎の治療薬として承認・発売された薬で、一回の注射で約1か月間鎮痛効果が持続します。

・まだ情報量があまり多くない薬剤ですが、腫瘍による疼痛管理にも効果が期待されています。

・1か月に1回の注射で痛みが和らぎ、日々の投薬を減らすことができたら強い味方となりうる治療法ではないでしょうか。

ご自宅での飼い主さんから見た動物の様子と、身体検査から得られる客観的な疼痛の評価をもとにその子にあった緩和ケアを一緒に考えていきたいと思います。

  • 現在、痛みの症状で生活の質が下がり困っている
  • 痛みのケアが十分できているのか不安である
  • 今後痛みが出てきたときの対処が不安である

上記のようにお困りの方や、鎮痛薬についてもっと詳しく知りたい方などはお気軽にご相談ください。

栄養学的管理について

腫瘍の治療中、十分に栄養を摂取することは、免疫力を強化し治療の副作用を軽減できるなど多くのメリットがあります。しかし、腫瘍の進行や治療による食欲不振が避けられないことも多く、そのような場合には皮下点滴による脱水の改善や食欲増進剤の使用、吐き気や痛みに対する対症療法などを実施します。

また、なかなか食欲の改善が見られない場合には強制給餌も積極的に取り入れることがありますが、動物にとっても飼い主さんにとってもストレスが大きく途中で諦めざるを得ないこともあると思います。

長期的な食欲不振や口腔内腫瘍などで食べたいのに食べられないような場合には、チューブフィーディングという選択肢があります。食道や胃、腸に栄養チューブを通しそこから流動食を入れることで必要な栄養素を摂取する方法です。

チューブを設置するための麻酔や処置に対する不安がある方や、無理な延命につながるのではないかと抵抗のある方もいらっしゃると思います。しかし、実際には麻酔時間は短く動物への負担が少ない処置であり、多くの動物たちはチューブをあまり気にすることなく生活することができます。なによりも日々の給餌や投薬のストレスから解放されること、同じ闘病期間であったとしても、より生活の質を高く保つことができる方法の一つであると考えています。

                      

『病院だより』の更新情報

◯伊藤獣医師の『GOLPP(老齢性喉頭麻痺多発性神経障害症候群)』がアップされました。大型犬(70%がラブラドールで発症)を飼われている方はぜひお読みください。

『病院だより』の更新情報

○野上獣医師の『Dr野上の腫瘍講座3』がアップされました。呼吸器系の臨床検査でお悩みがある場合ぜひお読みください。

○伊藤獣医師の『気管虚脱の新たな治療選択肢、新型ステント』がアップされました。気管虚脱の診断があり、現在の臨床症状でお悩みがある場合ぜひお読みください。

どちらの内容も気になる方は診察時にお気軽にご相談下さい。