病院だより

獣医腫瘍科認定医 Dr野上の腫瘍講座3

〜動物の呼吸器疾患について〜

動物の呼吸器は解剖学的に上気道、中枢気道、下気道の3つに区分され、炎症や閉塞が生じることにより症状が現れます。各区分によって症状が以下のように少しづつ異なります。

上気道(鼻腔~咽喉頭)
鼻汁、鼻出血、鼻づまり、スターター(口を閉じたまま聞こえるスースー、ズーズーなどの音)、ストライダー(口を開けた状態で聞こえるガーガー、ヒーヒーなどの大きな音)などを呈し、発咳を生じないことが特徴です。

中枢気道(気管~気管支)
発咳やストライダーなどが認められます

下気道(細気管支~肺実質)
慢性の発咳や呼吸困難(普段よりも浅く速い呼吸など)が認められます。

それぞれの部位において認められるこれらの特徴的な症状や呼吸様式は、病変部位を絞るための重要な情報となります。ご来院時に症状が認められないことも多くあるため、症状が出たときにスマホなどで動画を撮っていただくことをお勧めします。

呼吸器に発生する疾患
呼吸器に発生する疾患は様々で、本講座で色々と発信させていただきたい腫瘍性疾患以外にも、炎症性疾患、感染性疾患、麻痺性疾患や異物など多岐に渡ります。

腫瘍性疾患に限定すると、犬と猫では少しその特徴に違いがあります。

犬の場合
鼻腔と肺での発生が多く、慢性鼻腔疾患のうち約半数もの症例で腫瘍であったとの報告があるので症状が長引いている場合には注意が必要です。咽喉頭や気管における腫瘍の発生は比較的稀であり、喉頭麻痺や気管虚脱などの非腫瘍性疾患が多くを占めています。

猫の場合
腫瘍の多くが鼻腔と咽頭で発生しリンパ腫が最も多いことが知られています。
各腫瘍性疾患の詳細は改めて別の機会でまとめる予定です。今回は呼吸器疾患の各種検査の内、気管支内視鏡についてご紹介させていただきます。


これまでの検査法と気管支内視鏡について

症状や身体検査、レントゲン検査などを用いた標準的検査を行うことがゴールドスタンダードであり、それらの情報からある程度疾患の特定を行います。しかしながら、レントゲンでは判断が難しい場合や、腫瘍が疑われ生検が必要な場合などもあり、更に大学病院でのCT検査やその他の精査を依頼する必要がありました。

標準的検査に気管支内視鏡を加えると
気管支内視鏡という非常に径の細い内視鏡を用いる事によって、これまで診断が難しかった鼻腔~気管に内視鏡を挿入することで直接、病変の観察が行なえたり、組織生検や細菌培養などの検査が可能となります。また、同時に併発疾患の評価(犬で多い気管虚脱や喉頭麻痺、猫で多い鼻咽頭狭窄など)も行うことができ、責任病変の見極めや治療方針の決定に大きく役立てる事ができます。

呼吸器疾患が進行すると重篤な呼吸困難が生じ命にかかわることも少なくありません。また、進行により全身麻酔のリスクが高く検査自体が困難となることも多いため、より早期に侵襲の少ない内視鏡にて検査を実施できると動物の負担の軽減にもつながります。何らかの呼吸器疾患が一定期間の治療にも関わらず改善を認めない場合、CT検査等と比較すると麻酔時間も短く短時間で実施可能な気管支内視鏡検査はとても有用ということができます。

<正常な気管支内視鏡所見>
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咽頭側から見た鼻腔

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喉頭

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気管内

気管腫瘤の症例
日澤ららちゃん

気管内に発生した軟骨種のレントゲン所見です。レントゲン単独では異物との鑑別は困難です。しかし、気管支鏡で直接観察する事ができるとその違いが明瞭に判断できるので術前の準備が適切に行えます。
気管軟骨腫 気管支鏡

※気管支内視鏡の症例はレントゲンの症例とは異なります。〜「小動物臨床腫瘍学の実際」より引用〜


気管支内視鏡の
適応
気管支内視鏡検査はCT検査と同様に麻酔や鎮静が必要とはなりますが、検査時間は短く、得られる情報の多さとを天秤にかけた場合、十分に高い検査意義がある検査といえます。当院では以下のような基準で気管支内視鏡検査をお勧めしています。詳しく知りたい場合はお気軽にご相談ください。
◯慢性呼吸器症状をかかえ内科治療での改善が乏しい場合
◯CT検査が必要だが検査負担が心配で決心できない場合
◯呼吸器症状に対して確定診断を求める場合

近年の獣医療の発展は目覚ましく、呼吸器疾患に対しても様々な検査治療法が確立されてきています。これまでレントゲンの仮診断のもと、内科的な対症療法でしか治療が行われていなかった疾患に対しても、気管支内視鏡の実施により外科治療の介入など治療の選択肢が大きく拡がってきています。

呼吸器疾患でお困りの方や気管支内視鏡の詳細について知りたい方など、どうぞお気軽にご相談ください。

                   獣医師:野上

気管虚脱

興奮した際や、吠えた後などに、突然苦しそうに咳き込みが止まらなくなり、やがて日常的に呼吸の狭窄音(狭い所を空気が通る際に出る様々な雑音)が出るようになってしまった場合、気管虚脱という疾患が疑われます。気管虚脱とは、進行性に気管軟骨の軟化が進むことによって、本来はチューブ状になっている気管が、吸気や呼気の圧力が高まった際に潰れてしまうことにより発症する咳様の症状を主体とした呼吸器疾患です。現在のところ、その発生原因は不明とされ、小型犬(ポメラニアン、トイプー、チワワ、ヨーキー、パグ)に多く報告されています。初期には気管の一部に発生する気管虚脱ですが、進行すると気管全域、喉頭や主気管支の軟化が合併する可能性が指摘されており、末期に入ると治療が難しい疾患となってしまいます。

原因
先天性疾患に加え、肥満やアレルギー、タバコやホコリなどの増悪因子が考えられています。

診断
臨床症状で本疾患を疑いレントゲン検査にて診断を行います。診断の際には以下の情報が重要です。

1、気管虚脱のグレード分類
2、喉頭鏡や気管支鏡を用いた他の併発疾患の除外
3、心疾患や肺疾患の除外
4、マイコプラズマなどの呼吸器系感染症の除外

グレード分類と治療
グレード1〜2までは内科療法、グレード3〜4は外科療法の検討が推奨されているため、正確なグレード分類が重要となります。

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治療
全てのグレードにおいて、治療の目標は呼吸器症状を減らす事にあります。気管虚脱は進行性の疾患のため残念ながら症状をなくす事ができません。しかし、症状をしっかりと減らす事によって、進行を遅くしたり、気管虚脱からの合併症の発現率を減らす事を最大の目標とします。

グレード1〜2:内科療法が推奨
◯薬物療法
咳止め薬:ブトルファノール、ジヒドロコデインなど
抗炎症薬:経口プレドニゾロン、フルタイド(吸入薬)
抗不安薬:トラゾドン、アセプロマジン、ガバペンチンなど
ネブライザー:アセチルシステインなど
◯生活週間の改善
ダイエット(効果的)
首輪から胴輪に変更
タバコやホコリの暴露の減少
興奮や不安の除去

グレート3〜4:外科療法が推奨
ただし、喉頭虚脱、気管支虚脱が合併している場合には、外科療法単独での効果は得られないので、これらの疾患の慎重な除外が大切です。

外科療法には、手術で喉を切開して気管を直接操作する気管外アプローチ(気管リング、気管外プロテアーゼ)と、切開をせずに自己拡張型金属ステントを気管内に挿入する気管内アプローチ(ステント)の二つの方法があり、近年になって技術の進化とともにメリットやデメリットが大きく変化してきています。

気管内アプローチ(ステント設置術)
メリット
麻酔時間が短く、低侵襲性、新型ステント以降は合併症が大幅に減少。胸部気管虚脱に対しても適応可能。また、進行性を示した気管虚脱に対して、ステントの再設置の適応が可能である。

デメリット
敏感な気管内に金属製の異物が入ることによる種々の刺激や、ステントの破損や移動。しかしながら、新型ステントで大幅に減少。(ただし、2023年現在、気管外アプローチVSステント設置術の術後成績の優劣を判断するに必要な臨床データの蓄積はまだ充分ではありません)。また、ステント設置後も通常は投薬が必要となります。

従来型ステントVS新型ステント
従来型ステント

長軸方向に作用する外力に弱く伸びやすいため、ステントの気管内移動や破損の発生が少なくない数値で発生。また3次元方向の外力に対して初期形状に復元しようとする性質が強いため、押し返しによる気管粘膜への刺激があり、咳の悪化や肉芽形成の問題。

新型ステント(2020年台以降報告)
ステントの構造的改良により、外力に対する適応力が向上した結果、ステントの破損や移動が大幅に減少し、また外力の分散性能の獲得で、ステントによる押し返し力が軽減した結果、局所刺激性(肉芽形成の発生率)が低減。さらに、3次元方向への追従性が可能となり、絶えず動く気管壁に対して形状の変化になじみやすい。
比較に使用できるデータ
◯ステント破損:従来型19~45% → 新型9%
◯ステント移動:従来型37% → 新型4.5%
◯新型ステントの合併症発生率:9.1%

気管外アプローチ(気管リング、気管外プロテアーゼ)
メリット
従来型ステントと比較とした場合、気管内アプローチのように敏感な気道内を触れないので気道内刺激性という点で術後の気道内安定性が高い。

デメリット
術後一定の確率での反回喉頭神経麻痺による喉頭麻痺などの重度合併症、ステント設置術と比較した長時間麻酔と気管の血管や神経を操作することによる高侵襲性。頸部気管のみに適応が制限される(気管虚脱は進行性疾患のため、例えば適応となる頸部気管に気管外アプローチを行った後に、胸部気管虚脱に進展してしまった場合には、気管外アプローチの再適応不能)。

従来型気管外アプローチVS新型気管外アプローチ
従来型:気管外プロテアーゼ(PLLP)
筒状に加工した繊維を用いて、切開して露出した気管の外側から直接虚脱部を持ち上げる術式。難点としては、近年になって開発された医療用気管リングと比較して、気管との接触範囲が広い分、その範囲の気管や血管、反回喉頭神経への操作が多い点。また、医療用の人工繊維が市販されておらず、工業用の繊維の流用し、都度、獣医師が手製で作成、ガス消毒を一度してからガス成分の洗浄をして使用。

新型:気管リング
アプローチは従来型の気管外プロテアーゼと同様だが、筒状のPLLPと異なり気管との接触範囲が少なく気管の負担が軽減。また、医療用に滅菌された製品を使用できるという利点がありる。しかしながら、従来型のPLLP同様、進行性の病態をもつ気管虚脱に対して、頚部の気管虚脱のみが適応対象であり、胸部気管に進行した場合には適応不能。


当院での治療選択

2023年JAHA主催で開催された『世界基準の呼吸器外科』の講演において、ミシガン州立大学の名誉教授Bryden Stanley先生が示された治療選択基準を当院でも採用しています。気管虚脱は、以下のような考えを基に治療計画を立てる事が重要と言われています。

◯適切な対症療法
気管虚脱は進行性疾患であり、また長期間の咳や呼吸障害により様々な合併症を出しうる疾患のため、グレードに合わせた適切な対症療法を行うことが大切です。
◯適切なグレード分類
気管虚脱グレード1および2は原則内科療法、グレード3、4に対しては、それぞれの症状に合わせながら、外科療法の介入タイミングを計画することが大切です。そのためには適切なグレード分類と準備が必要となります。
◯グレード1、2
体重過多の場合はダイエットが非常に効果的です。首輪を使用している場合は胴輪に変更し、タバコやホコリの暴露を可能な限り減らします。興奮や不安によって吠えて咳が出てしまう場合にはそれらの対策も有効です。
◯グレード3
外科適応の可否、術式の選択、手術適期についての相談を行います。気管支虚脱や喉頭の虚脱など進行状況の把握、犬種によっては喉頭蓋後傾などの併発疾患の有無を評価します。
◯グレード4
症状がある場合には早めの外科を推奨。グレード3同様に、進行状況や併発疾患の評価を行いつつ、選択する術式の相談、決定を行います。当院では気管内アプローチは新型ステント術を、気管外アプローチでは気管リングの使用を推奨しています。

新型ステント登場後の当院での考え方
気管外プロテアーゼ(PLLP)の術式は、これまでの従来型ステントの気道内刺激性とを天秤にかけ、気道内刺激性が少ないという利点を得るために、長時間の麻酔や、気管の壊死や喉頭麻痺などの重度合併症は覚悟をするという側面がありました。近年になって新型ステントの低刺激性の報告が発表されるようになると、新型ステントのメリットとPLLPのデメリットとを比較した場合、PLLPのデメリットの捉え方が変わる可能性が指摘されています。気管外アプローチにおいて改良された気管リングの使用であっても、気管への手術操作によるダメージや術後の反回喉頭神経麻痺のリスクをゼロにすることはできません。また気管虚脱の進行性の悪化が報告されていることからも、新型ステントの出現によって、気管外アプローチ(気管リングやPLLP)の適応は今後減る可能性が指摘されており、当院でも同様に考えています。

  気管ステントVS気管リング
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まとめ
気管虚脱の治療は、技術の進歩とともに様々な選択肢があります。それぞれの方法にメリットやデメリットが、また、それぞれに合併症の発生リスクもあります。一概に最善の治療選択肢があるわけではなく、年齢や併発疾患、外科に対する飼い主個々人の価値観などを加味し、慎重に相談、決定する事が重要となります。

アナログ→デジタル

これまでのレントゲン写真の縮尺を合わせて印刷紙に印刷し、紙を切ってプレートなどのインプラントと合わせるアナログ作業からの解放です。地道なアナログ作業であっても、手術までの儀式のような感覚で、個人的には好きだったのですが、デジタルの時短効果はやはり秀逸です。
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骨折した下腿骨の一部をくり抜いて、正しい位置関係に簡単に移動させることができます。
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画面上で骨折の整復をしたら実際に使うプレートのサイズを予め合わせておくことも可能です。
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こちらは前十字靭帯断裂時のTPLO術に必要な様々な計測です。便利なことに、色々な会社のプレートの選択が可能で骨の形に合わせて最適なサイズや形が画面上で簡単に選ぶ事が可能です。
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デジタル化で人が本来持ついろいろな能力が奪われてしまっている側面が懸念されてはいますが、手術計画を立てる場面に関しては、より迅速かつ正確で、動物にとってより良いものの提供に繋がると、実際に使ってみて思わされました。

獣医師:伊藤

2023年12月大阪整形外科セミナー所感

整形外科における器具やインプラントには様々なメーカーがあります。形や材質や値段まで本当に様々です。見た目も使い方も同じなのに値段が数倍以上という話が当たり前のちょっとシュールな世界とも言えるかもしれません。これまで当院では、人医療での整形外科領域の世界的メーカーで獣医療製品も手がけるアメリカの某社の製品が動物にとっての最善の製品と考え使ってきました。今回のセミナーでは良い意味でその考えが少し変わりました。

これまで使用してきた某社は、上記のような世界的メーカーでしたが、それと同時に少し残念な表現となりますが、主戦場が人医領域であり獣医領域は副領域という表現ができるかもしれません。その根拠は、今回のセミナーを開催してくれたメーカーが、6つの会社を合弁し立ち上がった同じくアメリカに本社をおく会社であり、その最大の特徴は獣医療のみを対象とした商品展開を行なう事で達成しうる商品開発速度にあります。これまで使用してきた某社の製品は本当に良かったと感じています。しかし、今回のセミナー主催メーカーの商品開発速度と比較すると、商品のアップデートが緩慢でした。それがもしかすると獣医療が副戦場であるからかもしれません。セミナーを通して痛感した事は、わずか数年前に誕生した6社の合弁会改良速度の速さは凄まじく、誕生数年でもはや弱点がもはやないのでは?と思える位、獣医師の意見が反映された製品に仕上がっていることでした。

結論に急に飛びますが、治療が難しいとされているトイ種の骨折と大型犬の前十時靭帯断裂におけるTPLO術に使用するインプラントは、当院では、この度のセミナー主催メーカーの製品を選択しようと決断することができたとても有意義なセミナーでした。目には見えない領域ですが、それが動物に最善と思えて製品を使用できる事は、動物にも飼主の方々にも獣医師にも大きなアドバンテージを与えてくれると考えています。

獣医師:伊藤

獣医腫瘍科認定医 Dr野上の腫瘍講座2

〜犬の脾臓にできるシコリについて〜

犬の脾臓には数mm~数十cmの巨大なしこりまで様々なものが発生します。近年ではエコー検査の普及に伴い偶発的に見つかることが多くなってきました。

犬の脾臓にできるしこりの良悪に関する報告では、良性:悪性=1:1とされ、さらに、悪性のうち約半数が血管肉腫という極めて予後の悪い腫瘍と報告されています(最近ではもう少し良性の方が多いのではないかという見解もあります)。

エコーなどの画像診断では良性悪性の区別や腫瘍の種類の特定は難しく、実際に脾臓を摘出してみないとはっきりしないというのが現状です。

 そうした特性によって、実際に脾臓にしこりが見つかった場合、手術すべきか経過観察かの判断に困ってしまったり、経過観察を選択したものの、経過観察中のしこりの腫大や転移への不安や、しこりが見つかった時点で手術を選択したものの、もしも良性であった場合、本当にそれが適切な判断であるか等、判断がとても難しいというのが特徴とも言え、実際の診察でも飼い主様からご相談にを受けることが多くあります。

 今回は脾臓にしこりが見つかった場合の対応方法について、様々な報告をもとに私見を交えまとめました。脾臓を摘出するか否かを考える際の手がかりのひとつとして参考にしていただけると幸いです。

  術前の検査において脾臓のしこりの良性・悪性の区別は全く困難なのか

  • 明確な区別は困難であり、摘出した脾臓の病理検査による確定診断が必須となります。
  • CT検査で血管肉腫に特徴的な「血管染み出し像」と呼ばれる所見(脾臓腫瘍内の動脈から造影剤が染み出る様子)が認められ、診断の一助となることがあります。血管肉腫の症例に必ず見られる所見ではありませんが、見られた場合には血管肉腫の疑いが強くなります。
  • 腹腔内出血が見られた症例のうち約70%が血管肉腫であったと報告されており、出血を認めた場合には血管肉腫の可能性を第一に考えます。
  • 数か月~数年大きさの変化がない小さなしこりの場合には血管肉腫ではない可能性や破裂するリスクが低いしこりである可能性が高いと考えられます。

  しこりが見つかった脾臓は摘出すべきなのか 

  • 現在は脾臓摘出における明確なガイドラインはありませんが、以下に示すいくつかの状況を踏まえて慎重に検討していきます。
  • 小さなしこりの場合、経過観察とし定期的に大きさを確認し、大きくなるようであれば摘出を検討します。
  • >2cmのしこりや、しこりが脾臓の表面に突出している場合、今後破裂し出血するリスクもあるため摘出を検討します。
  • しこりから出血が見られる場合、血管肉腫である可能性が高いことや今後も出血を繰り返すリスクが高いことから、早期に摘出することを検討します。
  • しこりの大きさに関わらず、ご家族と相談の上摘出する場合もあります。

血管肉腫における脾臓摘出の是非について

血管肉腫の場合、転移率が高いため脾臓を摘出しても予後が悪く(外科手術のみの生存期間中央値1~3か月、1年生存率<10%)、手術するべきか非常に悩むことが多いと思います。ご家族の方々としっかりご相談し、脾臓摘出におけるメリットがデメリットを上回ると判断できたら、予想されるリスクに対し細心の注意を払いながら手術を行います。

メリット

  • 血管肉腫で出血している場合、根治は難しくても手術によって脾臓からの再出血を防ぎ、生活の質を保つことができます。
  • 術前の検査にて血管肉腫疑いであっても、実は良性のしこりであることもあり、その場合は脾臓摘出によって非常に良い予後が期待できます。
  • 血管肉腫の脾臓摘出+術後化学療法による生存期間中央値は3~8か月と報告されていますが、ステージ1の場合(<5cm、腹腔内出血していない、他の臓器への転移が見られない)、予後の有意な延長(生存期間中央値12か月)が報告されています。

デメリット

  • 出血が見られるようなしこりの場合には貧血、凝固異常による出血傾向や血栓症、不整脈などの周術期リスクが高くなります。
  • 悪性腫瘍の場合、手術により脾臓からの再出血は抑えられますが、再発病変や転移先の臓器(肝臓など)での再出血のリスクは残ります。

術後の抗がん剤治療について 

術後の抗がん剤治療において、副作用や体力面など心配な点が多くあると思いますが、現在では標準治療であるドキソルビシン(3週に1回点滴、消化器・心臓毒性などに注意)による治療のほか、低用量の抗がん剤をご自宅で継続的に内服するメトロノミック療法もあります。ドキソルビシンと比較して若干効果が劣るものの、副作用が少ないことがメリットです。また、最近では抗がん剤感受性検査の実施により、その腫瘍に対し効果が期待できる抗がん剤の選択や必要な抗がん剤濃度の測定が可能となり、より的確で負担の少ない抗がん剤治療を行うことができるようになりました。抗がん剤治療の副作用が心配で躊躇されている方や、再発転移した場合にできる治療の選択肢としてお勧めできる検査です。

血管肉腫は根治や数年単位の延命効果のある治療法はなく、いまだに非常に手強い相手です。しかしながら出血や転移のない早期に治療を開始することで長い生存期間が期待できることから、やはり早期発見がとても大切であると感じています。

大好きなご家族と過ごすかけがえのない「いつも通りの一日」が長く続くよう、できる限りのサポートをさせていただきたいと考えております。

「脾臓のしこり」や「血管肉腫」において詳しく知りたい方はぜひ一度ご相談ください。

                           獣医師:野上