病院の症例

目次

ア行
遺伝子検査
胃捻転・胃拡張症候群
異物の誤飲
異物による腸閉塞
会陰ヘルニア
カ行
眼瞼内反症
クッシング症候群
口腔内腫瘍
高濃度ビタミンC点滴療法
骨折1
サ行
歯冠修復(歯の治療)
子宮蓄膿症
歯石除去
膝蓋骨内方脱臼(パテラ)
食道狭窄
腎結石
心嚢水貯留(心タンポナーゼ)
膵炎
潜在精巣(陰睾)
前十時靭帯断裂
前庭疾患
ソレンシア
タ行
大腿骨頭壊死症(レッグ・ペルテス病)
大腸の炎症性ポリープ
タマネギ中毒
胆嚢粘液嚢腫
椎間板ヘルニア
トイプードルの橈尺骨骨折
動脈菅開存症(PDA)
ナ行
ハ行
肺腫瘍
脾臓の血管肉腫
肥満細胞腫
猫のぶどう膜炎
分子標的療法(パラディア錠)
膀胱結石
膀胱の腫瘍
マ行
猫の網膜剥離
門脈体循環シャント
ヤ行
ラ行
リブレラ
狼瘡様爪床炎
レーザー治療

モノクローナル抗体製剤(リブレラとソレンシア)

薬を服用する際、その薬の効果と副作用という問題を常に意識させられます。強い薬であったり、長期間の服用が必要な場合は尚更で、この問題は、薬のほとんどが複数の作用を持ち、そのうち、生体に有益な作用が『効果』、有害なものが『副作用』となるからです。多くの場合で、『効果』が『副作用』を大きく上回るため『薬』として使えるのですが、薬との相性や体質によっては副作用の方が強く出てしまう場合があります。

そうした中、近年モノクローナル抗体製剤の開発が急加速で進んでいます。

モノクローナル抗体製剤とは、一般的な『薬』とは異なり体内に生じている様々な生体反応のうち、一つの生体反応に治療目的を限定し、さらに、その生体反応を生じさせるための数ある仲介反応の一つに薬の作用が限定されるように製作され、目的(効果)以外の作用(副作用)が出ないことを狙って作られている画期的な薬剤です。獣医療においても、最近になって発売される新薬にモノクローナル抗体製剤が増えてきています。

今回ご紹介したいのがNGFモノクローナル抗体製剤であるリブレラ(犬用)とソレンシア(猫用)という製剤です。老齢期の変形性関節炎に伴う疼痛緩和を目的としたお薬です。

これまで、老齢期の変形性関節炎の痛みに対する治療では、痛み止めを多用できないという課題がありました。多様による副作用の問題です。痛み止め薬も副作用が出づらくなるよう進化はしていますが、やはり『出る時には出る』感を払拭することはできていませんでした。

そのため、老齢期の関節の痛み(破行、遊ばなくなる、散歩を嫌がる、ジャンプしなくなる等多彩な症状)に対しては、体重管理やマッサージ、鍼灸などの対応を主体に、痛みが強い時には一時的に痛み止めを服用するのが一般的でした。

新薬のリブレラやソレンシアは障害を受けた関節から放出されるNGF(慢性痛のカギ)という物質のみを阻害する薬剤です。そのため、NGFの作用だけを止め(効果)、その他の作用(副作用)がないのが最大の特徴で利点です。

【NGFには以下のような直接的及び間接的作用】
○関節周囲の神経に結合して痛みの感度を高める作用
○炎症細胞に結合して、さらなるNGFの放出と炎症細胞の活性化による疼痛発現作用
○上記を引き金に血管新生や神経発芽が生じてさらに痛みが増強
○上記を理由に関節の変性と痛みの悪化
○それによるNGFの放出と悪化を繰り返す悪循環

効果や副作用など詳しくは以下HPを参照ください。
リブレラ
ソレンシア

これまで、副作用を出さないようにある程度の痛みを我慢したり、状況によっては副作用を覚悟の上で使用せざるおえない場合もあったかもしれない老齢期の緩和治療に登場したモノクローナル抗体製剤。歳をとる=苦しみが増えるという図式もあるとするならば、この新薬の登場によって少しでもその図式が変えられたら嬉しいですね!

肺腫瘍(原発性の肺腺癌)

動物の原発性の肺腫瘍の発生は、人と比較して少ないといわれています。しかしながら、犬では他の動物種よりもやや多い傾向があり、ある研究では、犬の約10%で発症し、発症平均年齢は10.9歳とされています。原発性の肺腫瘍は、特徴的な臨床症状に乏しく、初期診断が難しいという特徴があります。また、およそ30%の症例で診断時には症状を呈していなかったとの報告もあることからも初期診断の難かしさが伺えます。こうした疾患の初期診断を目指すには、少しでも疑える症状が問診で聴取できた場合、積極的に検査を奨める以外に方法がないと考えられます。

下記に挙げられる症状が気になった場合には、積極的にレントゲン検査による評価が大切となります。

()内は発生頻度を示しています。
○最近よく咳をする(55%)
○呼吸が荒い時がある(24%)
○よく寝るようになった(18%)
○食べているのに痩せる(12%)
○熱っぽく感じる時がある(6.4%)
○足が痛そうな時がある(3.8%)
○状況のいずれかの症状を有し、かつ10歳以上である(発生年齢は2ー18歳)

診断方法
胸部レントゲン検査にて肺腫瘍が疑われた場合、その発生部位によって、細胞診やCT検査にて確定診断とします。

検査の実際
レントゲン検査
中心部にある楕円状の塊が心臓で、その斜め上に肺腫瘍を疑う丸い塊を認めています。

537F39C6-1383-4079-8EF1-F0EA24EC31E4

CT検査
細胞診より腫瘍が疑われため、本症例では腫瘍の正確な位置や、周辺の脈管系の巻き込み、心臓との位置関係など、手術に必要な情報を得るためにCT検査が追加されています。
DDF3BF6F-A60C-4FA5-AE5D-4D9CA2ACB699
写真は酪農学園大学附属動物医療センターより提供
910094DF-08F6-4123-84CC-E4AAA3A3B48E
検査所見より、腫瘍は肺の左後葉近位に限局し、大血管に接するものの、巻き込みや強い癒着は想定されず切除可能と判断されたため、外科的摘出の可能性な肺腫瘍と診断されました。

治療の実際
一般状態が安定していて、病変が限局している場合には、外科手術が第一選択となります。しかしながら、手術はせずに緩和療法のみを行ったある研究では、その生存期間の中央値が10ヶ月(5日〜42ヶ月)との報告もあることから、年齢、腫瘍の大きさや転移の有無などにより、治療の選択には慎重を要します。今後の期待が高い放射線療法(リニアック)や抗癌剤に関しては、2020年、現在のところ十分な情報がないのが現状です。

手術の実際
画像診断より得られる腫瘍の発生位置により、胸骨正中切開法または肋間切開法が選択されます。本症例では肋間切開法による胸腔内アプローチが選択されています。開創にはフィノチェット型開胸器と呼ばれる開創器を用い、肋骨への負荷を最小限に確実な開創を行います。
636ED792-A9FD-421E-9E70-32EBB6B73C71
(写真の色調は編集しています)
C7345A79-46C5-4DB6-8A07-EB2A3729E118
指で把持している塊が肺腫瘍です。関連する脈管をそれぞれ切断していきます。

96E1AC8C-EF9D-4BAF-A363-745B49F64620
腫瘍を切除後、胸腔内にドレーンを設置し、手術侵襲に伴って生じる液体を排液しながら術後管理を行います。通常は数日内に排液は収まりドレーンの抜去が可能となります。

術後のレントゲン写真を示します。腫瘍の完全切除を確認し手術を終了します。
68E74C92-560F-4BF6-ABB2-1E8C4391D780

合併症と入院
術後数日の間は、胸腔内の出血や気胸に対する注意が必要となります。術後数日は酸素室内にて呼吸状態を管理しドレーンにて排液の種類や量の計測を続けます。廃液量が1―2ml/kg/日以下まで減じたらドレーンの抜去が可能となります。入院期間の目安は3ー7日程度となります。

予後因子
報告にある予後に関するデータのいくつかを掲載します。予後に関する数字はあくまで一つの目安となります。

リンパ節転移がない場合の予後:11ー15ヶ月
リンパ節転移がある場合の予後:1−2ヶ月
肺腫瘍の種類:予後との相関なし
診断時に症状がない場合:18ヶ月
診断時に症状がある場合:8ヶ月

 

日常診療においては、肺腫瘍は殆どの場合で症状がなく、偶発的に診断されることが多い腫瘍です。診断時の年齢も比較的高齢で手術の是非についても悩まされる疾患の一つです。しかしながら、症状が出てしまった場合の苦しさや、平均予後の半減などを考えた場合、年齢を問わず、元気があり、転移所見がなく、限局した肺腫瘍と診断された場合には、外科手術の選択はやはり第一選択であると言えるかもしれません。

門脈シャント(門脈−体循環シャント)

門脈シャントとは肝臓に流入する門脈という血管の先天的または後天的構造異常(シャント)により生じる疾患で、シャントが起こる部位によって門脈−大静脈シャント、門脈−奇静脈シャント、後天性の多発性シャントなどが知られています。血管の構造異常によって、本来肝臓に運ばれて代謝を受けるべき血液が、肝臓に運ばれずに全身を循環してしまうことによって、様々な臨床症状を呈する疾患です。

門脈シャントの症状とは
本疾患では神経症状、消化器症状、泌尿器症状と多岐に渡る症状が観察されます。典型的には、成長遅延や小柄な体型、不活発で奇妙な行動(じっと宙を見る、頭を壁に押し付ける、攻撃性、意味のない吠え、徘徊)を認め、食後の一時的な失明等を起こすこともあります。しかしながら、明らかな症状を呈するようになるまでは、軽い症状しか出ない場合も多く、なんとなく小さい頃からお腹が弱い、食べ物の選り好みが強い性格、健康診断でいつも肝臓の値が少し高いという症例の中に本疾患が隠れている事もあるため、軽度でも慢性的に続く症状には注意が必要と考えられます。

門脈シャントの診断方法
本疾患が疑われた場合、まずは肝機能検査というものを行います。この検査では、絶食時と食後の血液を採取して、血液成分の変化を調べることによって肝臓の働きに異常があるかを調べます。異常を認めた場合には以下の確定診断に進みます。

エコー検査
シャントの場所を調べるために行います。確定診断には麻酔下でのCT検査が必要な事も多いですが、無麻酔で実施可能なエコー検査でも比較的高い確率でシャントの検出が可能です。しかしながらエコー検査では発見が難しい位置でシャントが生じている症例では検出が不能です。

D564C66B-861B-46A0-9BC3-0F3EF905B414

上図は、それぞれ二本の血管の断面を示しています。青い血管(門脈)と黄色い血管(後大静脈)が連絡している部位がシャントを示してます。

CT検査
認められたシャントに対しては、手術適応の場合、縫合糸を用いた部分結紮術やアメロイドコンストリクターリングと呼ばれる閉鎖具を用いて閉鎖することで治療します。CT検査ではシャントの正確な位置や血管径、エコー検査単独では検出できない部位での検出を目的に実施します。下図で示したピンク色のシャント血管が、青い血管(後大静脈)にどのような角度で、かつどのような太さで流入しているが三次元的に表現されます。主にCT画像を利用して、どのような術式を採用するかを決定します。
C937BA29-4209-4532-883B-EF83708080CA

BB4DF29A-D3AF-4245-8122-F220DFA13F81

(CT画像:酪農学園大学画像診断科提供)

 

治療
近年になって様々な術式が紹介されるようになってきており、それぞれに一長一短があります。当院では部分結紮術及びアメロイドコンストリクター挿入術 の二術式を採用しています。いずれの方法も、シャント血管をゆっくり閉鎖させることで急激な体内変化を抑える事が主目的の術式です。
部分結紮術
体内に残す人工物が他の方法と比較して圧倒的に少なく、また、様々な種類があるシャント血管に対して適応範囲が広いという利点があります。一方で、多くの場合、部分的な結紮を二回に分けて行い完全結紮を得る手法のため、二回の手術が必要となります。
アメロイドコンストリクター挿入術
内張に水分で膨張するリンタンパク質を付着させた金属製のリングをシャント血管に装着します。装着後、体液によって緩徐にリングが膨張し、シャント血管をゆっくりと閉鎖させます。原則一度の手術で完結する術式です。一方で、異物反応によるシャント血管の早期閉鎖やリングのズレ、費用、シャント血管径によっては最適なリングが選択できないという場合もあります。

手術の実際(部分結紮術)
エコー検査やCT検査によって認めらたシャント部位をまずは確認します。予めCT検査によって三次元的評価を行えている場合はシャント血管への到達がスムーズとなります。視認したシャント血管に対して、細いチューブに入った結紮糸で一度仮遮断を行います。
仮遮断によって生じる遮断前後の血圧変動を調べ、手術の可否や結紮程度の検討を行います。

3C3B43C6-5EDB-40EA-85FA-A84888A465EA
血圧の変動は、血管に直接計器を設置する観血的測定法による測定が必要となります。これによって仮遮断の血圧変動をリアルタイムにかつ正確に評価することができます。
A2AA6897-CE9C-4AC6-B67C-E221F41CAE75
下図は、仮遮断後の造影検査を示した写真です。画面の右側から注入された造影剤が門脈を通って全て肝臓に入り込んでいることを示しています。仮遮断によってシャント血管が適正に遮断できていることが確認された後に、血圧変動の程度に合わせた部分結紮術を行い手術を終えます。その後、約1ヶ月で2回目の結紮を行い、通常は二回目の結紮で手術を終えます。
02350937-25DF-447F-BDCB-E7C134B47478

 

最後に
ブリーディングレベルや獣医師の診断レベルでの、知識や技術の向上によるものなのか、近年になって典型的な門脈シャント症例は減少しているように思われます。一方で『隠れシャント』と呼ばれる、一見健康体で症状が中長期的に出ない症例も多く存在することが報告されています。門脈シャントの臨床症状は無症状から消化器症状、発作まで様々で、症状だけで本疾患を疑うことは難しい場合が殆どです。絶対的な方法ではないものの、一年に一度は定期的な血液検査等を受けて、他の疾患同様に、初期の変化をできるだけ早期に見つけることが大切といえます。

 

 

 

猫の網膜剥離(高血圧性)

高齢の愛猫が急に目が見えないような仕草を取った場合、高血圧性眼症を疑う事ができます。高血圧性眼症は網膜剥離や眼内出血を主な症状とし、高齢で急性に視覚低下を示すという特徴があります。

高血圧性網膜症の診断
○収縮期血圧が180mmhg以上である
○高血圧性網膜症を認める(網膜血管の蛇行や点状出血や出血、網膜浮腫や剥離)
○高血圧性脈絡膜症を認める(脈絡膜の虚血、漿液性網膜剥離)

高血圧性網膜症の原因
○本態性高血圧症
○続発性高血圧症(慢性腎不全、甲状腺機能亢進症、心疾患、副腎疾患、糖尿病)
○眼内腫瘍
○ブドウ膜炎

高血圧性網膜症の治療
高血圧性網膜症の基礎疾患となる疾患を先に探します。基礎疾患が認められた場合、高血圧に対する治療と基礎疾患に対する治療を平行して行います。基礎疾患が存在しない場合、本態性高血圧症として治療を開始します。網膜剥離が合併している場合、剥離からの時間経過とともに視覚回復の可能性が低下すると考えられています。一般的には剥離後数日内に剥離の整復が望ましいとされていますが、数週間剥離が続いてしまった後でも視覚回復ができる可能性もあるため、本疾患が疑われた場合は、まずは視覚回復を目指して適切な治療を試みることが大切となります。

治療の第一選択
○アムロジピン:0.625㎎/head 一日一回(開始量)
2日毎に血圧の測定ならびに網膜の状態、視覚の評価を行います。低血圧症(治療の副作用)に注意をしながら必要に応じて補液等行いながら最大に1.25㎎/head一日2回まで漸増していきます。

○血圧が十分に低下しない場合や長期的な予後改善の目的でACE阻害剤を併用する場合もあります。

動物も人も加齢に伴い視覚が低下していくことは自然の理として仕方のない場合も多くあります。しかし、猫といいう動物の場合、腎不全や甲状腺機能亢進症など比較的多く遭遇する疾患によって、二次的に視覚低下を起こしている場合も多く、初期段階で診断ができれば視覚の維持が可能な事もあります。加齢と判断する場合に一度動物病院を受診してみることをお勧めいたします。