病院の症例

門脈シャント(門脈−体循環シャント)

門脈シャントとは肝臓に流入する門脈という血管の先天的または後天的構造異常(シャント)により生じる疾患で、シャントが起こる部位によって門脈−大静脈シャント、門脈−奇静脈シャント、後天性の多発性シャントなどが知られています。血管の構造異常によって、本来肝臓に運ばれて代謝を受けるべき血液が、肝臓に運ばれずに全身を循環してしまうことによって、様々な臨床症状を呈する疾患です。

門脈シャントの症状とは
本疾患では神経症状、消化器症状、泌尿器症状と多岐に渡る症状が観察されます。典型的には、成長遅延や小柄な体型、不活発で奇妙な行動(じっと宙を見る、頭を壁に押し付ける、攻撃性、意味のない吠え、徘徊)を認め、食後の一時的な失明等を起こすこともあります。しかしながら、明らかな症状を呈するようになるまでは、軽い症状しか出ない場合も多く、なんとなく小さい頃からお腹が弱い、食べ物の選り好みが強い性格、健康診断でいつも肝臓の値が少し高いという症例の中に本疾患が隠れている事もあるため、軽度でも慢性的に続く症状には注意が必要と考えられます。

門脈シャントの診断方法
本疾患が疑われた場合、まずは肝機能検査というものを行います。この検査では、絶食時と食後の血液を採取して、血液成分の変化を調べることによって肝臓の働きに異常があるかを調べます。異常を認めた場合には以下の確定診断に進みます。

エコー検査
シャントの場所を調べるために行います。確定診断には麻酔下でのCT検査が必要な事も多いですが、無麻酔で実施可能なエコー検査でも比較的高い確率でシャントの検出が可能です。しかしながらエコー検査では発見が難しい位置でシャントが生じている症例では検出が不能です。

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上図は、それぞれ二本の血管の断面を示しています。青い血管(門脈)と黄色い血管(後大静脈)が連絡している部位がシャントを示してます。

CT検査
認められたシャントに対しては、手術適応の場合、縫合糸を用いた部分結紮術やアメロイドコンストリクターリングと呼ばれる閉鎖具を用いて閉鎖することで治療します。CT検査ではシャントの正確な位置や血管径、エコー検査単独では検出できない部位での検出を目的に実施します。下図で示したピンク色のシャント血管が、青い血管(後大静脈)にどのような角度で、かつどのような太さで流入しているが三次元的に表現されます。主にCT画像を利用して、どのような術式を採用するかを決定します。
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(CT画像:酪農学園大学画像診断科提供)

 

治療
近年になって様々な術式が紹介されるようになってきており、それぞれに一長一短があります。当院では部分結紮術及びアメロイドコンストリクター挿入術 の二術式を採用しています。いずれの方法も、シャント血管をゆっくり閉鎖させることで急激な体内変化を抑える事が主目的の術式です。
部分結紮術
体内に残す人工物が他の方法と比較して圧倒的に少なく、また、様々な種類があるシャント血管に対して適応範囲が広いという利点があります。一方で、多くの場合、部分的な結紮を二回に分けて行い完全結紮を得る手法のため、二回の手術が必要となります。
アメロイドコンストリクター挿入術
内張に水分で膨張するリンタンパク質を付着させた金属製のリングをシャント血管に装着します。装着後、体液によって緩徐にリングが膨張し、シャント血管をゆっくりと閉鎖させます。原則一度の手術で完結する術式です。一方で、異物反応によるシャント血管の早期閉鎖やリングのズレ、費用、シャント血管径によっては最適なリングが選択できないという場合もあります。

手術の実際(部分結紮術)
エコー検査やCT検査によって認めらたシャント部位をまずは確認します。予めCT検査によって三次元的評価を行えている場合はシャント血管への到達がスムーズとなります。視認したシャント血管に対して、細いチューブに入った結紮糸で一度仮遮断を行います。
仮遮断によって生じる遮断前後の血圧変動を調べ、手術の可否や結紮程度の検討を行います。

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血圧の変動は、血管に直接計器を設置する観血的測定法による測定が必要となります。これによって仮遮断の血圧変動をリアルタイムにかつ正確に評価することができます。
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下図は、仮遮断後の造影検査を示した写真です。画面の右側から注入された造影剤が門脈を通って全て肝臓に入り込んでいることを示しています。仮遮断によってシャント血管が適正に遮断できていることが確認された後に、血圧変動の程度に合わせた部分結紮術を行い手術を終えます。その後、約1ヶ月で2回目の結紮を行い、通常は二回目の結紮で手術を終えます。
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最後に
ブリーディングレベルや獣医師の診断レベルでの、知識や技術の向上によるものなのか、近年になって典型的な門脈シャント症例は減少しているように思われます。一方で『隠れシャント』と呼ばれる、一見健康体で症状が中長期的に出ない症例も多く存在することが報告されています。門脈シャントの臨床症状は無症状から消化器症状、発作まで様々で、症状だけで本疾患を疑うことは難しい場合が殆どです。絶対的な方法ではないものの、一年に一度は定期的な血液検査等を受けて、他の疾患同様に、初期の変化をできるだけ早期に見つけることが大切といえます。

 

 

 

猫の網膜剥離(高血圧性)

高齢の愛猫が急に目が見えないような仕草を取った場合、高血圧性眼症を疑う事ができます。高血圧性眼症は網膜剥離や眼内出血を主な症状とし、高齢で急性に視覚低下を示すという特徴があります。

高血圧性網膜症の診断
○収縮期血圧が180mmhg以上である
○高血圧性網膜症を認める(網膜血管の蛇行や点状出血や出血、網膜浮腫や剥離)
○高血圧性脈絡膜症を認める(脈絡膜の虚血、漿液性網膜剥離)

高血圧性網膜症の原因
○本態性高血圧症
○続発性高血圧症(慢性腎不全、甲状腺機能亢進症、心疾患、副腎疾患、糖尿病)
○眼内腫瘍
○ブドウ膜炎

高血圧性網膜症の治療
高血圧性網膜症の基礎疾患となる疾患を先に探します。基礎疾患が認められた場合、高血圧に対する治療と基礎疾患に対する治療を平行して行います。基礎疾患が存在しない場合、本態性高血圧症として治療を開始します。網膜剥離が合併している場合、剥離からの時間経過とともに視覚回復の可能性が低下すると考えられています。一般的には剥離後数日内に剥離の整復が望ましいとされていますが、数週間剥離が続いてしまった後でも視覚回復ができる可能性もあるため、本疾患が疑われた場合は、まずは視覚回復を目指して適切な治療を試みることが大切となります。

治療の第一選択
○アムロジピン:0.625㎎/head 一日一回(開始量)
2日毎に血圧の測定ならびに網膜の状態、視覚の評価を行います。低血圧症(治療の副作用)に注意をしながら必要に応じて補液等行いながら最大に1.25㎎/head一日2回まで漸増していきます。

○血圧が十分に低下しない場合や長期的な予後改善の目的でACE阻害剤を併用する場合もあります。

動物も人も加齢に伴い視覚が低下していくことは自然の理として仕方のない場合も多くあります。しかし、猫といいう動物の場合、腎不全や甲状腺機能亢進症など比較的多く遭遇する疾患によって、二次的に視覚低下を起こしている場合も多く、初期段階で診断ができれば視覚の維持が可能な事もあります。加齢と判断する場合に一度動物病院を受診してみることをお勧めいたします。

猫のぶどう膜炎

愛猫の目の色が濁っていたり、赤いと感じた場合はぶどう膜炎という病気を疑うことができます。何らかの原因により、眼球内のぶどう膜と呼ばれる構造に炎症が生じ、眼内の出血やフィブリンの沈着、網膜の浮腫や剥離などが生じてしまう疾患をぶどう膜炎と呼びます。ぶどう膜炎は長期化することによって続発性緑内障や白内障などの失明に至る合併症を出してしまう事があります。

 猫のぶどう膜炎の原因
外傷性ぶどう膜炎と内因性ぶどう膜炎に大別されます。

外傷性ぶどう膜炎
猫同士のケンカなどによる外傷や、角膜潰瘍、水晶体脱臼などに
内因性ぶどう膜炎
およそ70%で特発性とされています。次いで感染症(FIP、FIV、FELV、トキソプラズマ、バルトネラ)、や腫瘍等の基礎疾患が原因として報告されています。また免疫介在性疾患の存在も知られています。

 ぶどう膜炎の診断
角膜後面沈着物、光彩の腫脹、眼房フレア、フィブリン、網膜反射低下性病変、網膜浮腫や剥離によって診断します。除外診断(血液検査。レントゲン検査、エコー検査、尿検査、血圧検査、眼圧測定、感染症検査(IDEXX))によって、基礎疾患の診断を試みます。

 ぶどう膜炎の治療
基礎疾患が特定できた場合には、その治療をおこないます。約70%で特発性のため、ぶどう膜炎の治療は一般的に対象療法が中心となります。

○抗炎症治療:ステロイドや非ステロイド系消炎剤の点眼薬
○房水の流れの改善:副交感神経遮断薬の点眼薬
○感染:抗生剤の試験的経口投与
○角膜障害:ヒアルロン酸点眼剤
○眼圧上昇:炭酸脱水素酵素阻害薬の点眼薬

ぶどう膜炎は、特発性(原因の特定ができない)に発症することが多く、進行してしまうと失明に至ってしまう重い眼科疾患の一つです。臨床症状が軽度の場合、初期変化に気づけないこともあります。また、年齢の共に発生する白内障や各硬化症といった水晶体の変化に伴い目の色の変化を加齢性変化と捉えてしまう場合もあるかと思います。眼の疾患における眼球の変化には非可逆的なものが多く含まれることより、気になる変化があった場合には早めの受診をお勧めしております。

分子標的療法薬(パラディア錠)

当院では分子標的療法薬(パラディア錠)によるガン治療を行っております。

分子標的療法薬とは
がん細胞は、増殖に必要な物質を動物の体から取り込んでいます。必要な物質の取り組み口はRTK(受容体型チロシンキナーゼ)と呼ばれています。RTKには、例えると電源スイッチのようなものがあり、スイッチが入ると、必要な物質を取り込んでいくような構造をしています。がん細胞の表面やその周辺にはRTKが多く分布しています。分子標的療法薬は、従来の抗がん剤のように、がん細胞を直接攻撃(結果的には正常細胞の攻撃してしまう)するのではなく、RTKの電源のスイッチをふさぐ事で、がん細胞が増殖に必要な物質の取り込みを阻止する事で癌と戦う治療薬です。

従来の抗がん剤治療の特徴
これまでの抗がん剤は、がん細胞の増殖を直接阻害する事で癌と戦う事を目的とした治療薬でした。
がん細胞の増殖を抑えるために、がん細胞のDNA合成や分裂を薬剤(抗がん剤)で直接阻害するという方法です。しかし、増殖の盛んな正常細胞(骨髄細胞や、腸管の細胞)にも害を与えてしまうため、副作用も多いという大きな欠点を有していました。

 

分子標的療法薬の利点
上記のように、直接細胞を攻撃する薬剤ではないため、従来の抗がん剤と比較して副作用が少ないという特徴を有しています。また、経口薬で自宅での治療が可能です。
分子標的療法薬の欠点
中長期的な使用での耐性や、従来の抗がん剤同様に体質に合わない場合もあります。また、分子標的療法薬の歴史は人の医療を含めてまだ浅く、従来の抗がん剤と比較して副作用の予測がつかない場合もあります。

分子標的薬で効果が期待できる腫瘍
分子標的薬の使用にあたっては、その他の標準的治療でより効果的な治療が適応可能な場合は、そちらを優先させることが推奨されています。下記課題により2018年現時点においては、第一選択薬としてはまだ考えるのは早いという見方が多いです。
・肥満細胞腫
・GIST(消化管の腫瘍)
・肛門嚢腺癌
・甲状腺癌
・口腔内の扁平上皮癌
・鼻腔内癌
・頭頸部癌
・心基底部腫瘍(血管肉腫は除く)
(薬剤の有効性には個体差が比較的強くでます)

分子標的療法薬の課題
分子標的療法薬による治療は外科手術、抗がん剤、放射線療法に続き、第4の癌治療として確立された治療法(がん免疫療法)です。2000年以降、加速度的に発展し、今や人医領域で開発される新規抗がん治療薬のおよそ9割を占め、その効果が期待されている分野です。しかし同時に、まだまだ新しい分野の治療のため、その効果メカニズムや副作用が解明されていない部分があります。そのため従来の癌治療同様に万能な治療ではありません。ただし、これまでは諦めないとならない病態に対しても有効性が示されたり、従来の抗がん剤と比較すると副作用は明らかに少ないという特性が最大の特徴です。

その他
耐性について
使用を続ける事で耐性を示し、効果が認められなくなる場合があります。
長期毒性について
平均6ヶ月程度で、副作用による投与中止が必要となる場合があります。
放射線療法との相性
放射線障害を助長する可能性があり、放射線療法との併用には注意が必要です。

ご使用にあたりご自宅での注意点
およそ90%が糞便中、10%が尿中排泄の薬剤です。代謝物が有害な作用を示すデータはないものの、無害であるというデータもないため、糞尿の取り扱いはご注意下さい。素手等についてしまった場合には十分な流水で洗浄してください。妊娠または授乳中の飼い主様におかれましては胎児にとって有害となる可能性がありますので、特に注意が必要です。

分子標的薬の主な副作用と対処法
食欲不振:2日間以上にわたって摂取量が50%未満であった場合
→摂取量が回復するまで投与を中断し、回復後、投与量を0.5mg/kg減量し再開。

嘔吐や下痢:1日4回未満で2日以上続いた場合
→吐き気止めや下痢止めの服用で対処します。

嘔吐や下痢:1日4回以上で2日以上続いた場合
→嘔吐や下痢が正常化するまで投与を中断し、回復後、投与量を0.5mg/kg減量し再開。

消化管出血:鮮血便または黒いタール状弁が2日以上続く、または明らかな出血。
→回復するまで投与を中断し対症療法を実施。回復後、投与量を0.5mg/kg減量し再開。

低アルブミン血症:アルブミンが1.5g/dL以下の場合
→値が1.5g/dLを超えるまで投与を中断し、回復後、投与量を0.5mg/kg減量し再開。

好中球減少症:好中球数が1000/µL以上の場合
→同一投与量を継続。

好中球減少症:好中球数が1000/µL 以下または好中球減少症発熱、感染症の場合
→値が1000/µLを超え、臨床徴候が正常化するまで投与を中断し、回復後、投与量を0.5mg/kg減
量し再開。

貧血:ヘマトクリットが27%以上の場合
→同一投与量を継続。

貧血:ヘマトクリットが26%以下の場合
→値が26%を超えるまで投与を中断し、回復後、投与量を0.5mg/kg減量し再開。

肝毒性:ALT、ASTが正常範囲上限値の1~3倍内の場合
→同一投与量を継続。

肝毒性:ALT、ASTが正常範囲上限値の3倍を超えている場合
→値が上限値の3倍以下となるまで投与を中断し、回復後、投与量を0.5mg/kg減量し再開。

腎臓毒性:正常範囲上限の1.25倍未満の場合
同一投与量で継続

腎臓毒性:正常範囲上限の1.25倍以上の場合
正常範囲上限1.25倍未満となるまで休薬し、回復後、投与量を0.5mg/kg減量し再開。

歯冠修復(歯の治療)

小型犬では、硬いガムやジャーキーを食べた際に、大型犬では牛骨や蹄、またはワンコ同士で遊んでいて顔同士がぶつかった際に、歯が折れてしまったり、欠けてしまったりする事が時々あります。
従来までは、犬は歯の痛みに強いからや、食べるのに支障がないからという理由を主体に、実際に問題が生じて抜歯が必要となる段階まで治療が行われなかったケースも獣医療では多かったのですが、近年では獣医師、飼い主の歯科に対する意識の向上に伴って、獣医療における歯科の治療選択も少しずつ広がってきています。

過去には、硬いものを噛ませることは歯の健康に役立つという考え方もありましたが、近年では硬いものを習慣的に噛むことによって、少しずつ目に見えない亀裂が歯に生じてしまい、やがては折れてしまったり欠けてしまったりすることが知られるようになってきました。『硬いもの』の定義が具体的に表現されていないのですが、人が噛んでみて、歯型が残る程度の硬さなら大丈夫であると思われます。、
下の写真は、歯の表面を覆うエナメル質が割れてしまった写真です。エナメル質は歯そのものを保護する硬い構造ですが、一度割れてしまうと元に戻ることがありません。また、咬合の際に力のかかる部位であった場合、エナメル質が欠損した部位では、歯の磨耗や破折が生じてしまいます。さらには、歯髄への感染、歯周病への発展なども懸念されます。歯の構造的には人と同じであることから、知覚過敏や歯の痛みなどが生じている可能性もありますが、そのような事を訴えてくれない場合も多いのも動物の歯科の特徴かもしれません。

犬歯の正面から内側のエナメル質が剥がれ落ちてしまっています。
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歯の破損部分を削って修復をしやすい状態に形成していきます。
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折損部分を埋めるように少しずる充填剤を盛っていきます。
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紫外線ライトを照射することで、充填剤の強度を上げることができます。
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充填剤の補填、紫外線照射を繰り返しながら少しづつ盛り上げていきます。
最後に研磨を行い、被覆する液体を塗布することで歯冠修復が終了します。
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歯冠修復は獣医療においても重要な治療であると考えれます。ただし、人の治療の異なり、全身麻酔が必要であることが悩ましいところであり、歯冠修復治療の必要性については、個々の状態による全身麻酔のリスクを天秤にかけて考えることが大切であると思われます。