脾臓の血管肉腫は、おもに高齢犬(平均年齢9~11歳)で発生する悪性腫瘍の一つです。急速な増殖と広範囲な転移を特徴とし、転移が進むと、肝臓をはじめとした腹部のほとんどの臓器に転移をおこし、腫瘍細胞が増殖した臓器からの出血が生じます。転移が進んでも末期となるまでは、あまり症状を出さないのも特徴の一です。また脾臓の血管肉腫は心臓にも併発する傾向が高く(最大25%)、併発がある場合の外科的摘出は困難であることが多いと考えられます。
血管肉腫の症状
初期~中期
ほとんどの場合で無症状。倦怠感、軽度の消化器症状(食欲のムラ、嘔吐、下痢)。
末期
腹腔内での腫瘍の増殖によって、腹囲の膨満などが認められるようになります。様々な消化器症状に加え、腫瘍の原発巣や、転位巣からの出血により、重度貧血、虚弱を示し、多臓器不全、出血傾向に陥ります。
血管肉腫の治療
外科手術
血管肉腫に対する根治的な治療にはならないものの、腫瘍による腹部臓器の圧迫や腫瘍自体からの出血による貧血を止められるなどの緩和療法として意味を持つ治療法です。しかしながら、血管肉腫は、腫瘍細胞を血液の流れに乗せて全身へと送り出し増殖するため、外科手術単独では転移後の増殖を防ぐ事はできないと考えられています。外科手術以外の治療を受けなかった場合に関する研究では、生存期間中央値は2.7ヶ月(0.5~15.5ヶ月)と報告されています。
抗がん剤治療
血管肉腫に対する抗がん治療は生存期間の延長に有効と考えられています。外科手術後に腫瘍細胞の数が大幅に減少したタイミングで実施することで、抗がん剤の最大限の効果が期待されます。しかしながら。急速に転移した腫瘍細胞の全てを死滅させることは困難であることから、抗がん剤使用の目的は、大幅に腫瘍細胞の数を減らし、生存期間の延長を目標とすることとなります。
代表的な抗がん治療の方法
・ドキソルビシンプロトコール(単剤の抗がん剤による治療)
・ACプロトコール(2つの抗がん剤と組み合わせた治療)
・VACプロトコール(2つの抗がん剤と組み合わせた治療)
いずれの治療方法も骨髄毒性や心筋毒性のリスクがあるため抗がん剤使用の際には細心の注意と綿密な計画を必要とします。
血管肉腫のステージ分類と治療(外科+抗癌剤)に対する平均生存期間
ステージⅠ:腫瘍は脾臓だけにあり転移像がない 12ヶ月
ステージⅡ:脾臓の破裂(腹腔内出血)がある 6ヶ月
ステージⅢ:転移あり データなし
※平均生存期間に関しては多数の報告があります。ここでは平均的数値を記載。
その他
抗がん剤の使用が様々な条件で困難な場合や、抗がん剤と一緒に使用することで治療効果を高める治療方法が研究されています。現在のところ確立された治療法には至らず、治験の範囲となります。
サリドマイド
血管新生阻害作用があり、血管を利用して増殖するタイプの腫瘍の増殖速度を抑えることが期待されている薬剤です。一般的な副作用は少ないものの、取り扱いに非常に注意が必要な薬剤です。
ピロキシカム(非ステロイド系抗炎症薬)
一部の腫瘍細胞の増殖や安定に関わる体内物質であるCOX-2の活性を阻害することで、血管を利用して増殖するタイプの腫瘍の増殖速度を抑えることが期待されている薬剤です。サリドマイドと併用、または単独で使用。
高濃度ビタミンC療法
高濃度のビタミンC投与によって、殺腫瘍作用効果があると言われています。抗がん剤の使用が難しい場合の代替療法の一つとして当院で実施しています。詳しくはご来院にてご相談いたします。
免疫療法、漢方薬など
生体が本来もつ免疫の中には、対腫瘍効果を持つ細胞も含まれています。これらの細胞を賦活することで対腫瘍効果の増大が期待される療法です。特に抗がん剤使用時など、生体の免疫力が低下してしまうことから、抗がん剤との併用の有効性も期待されますが、現在のところ血管肉腫の治療効果に関する一貫した報告は僅かとなります。