気管虚脱

興奮した際や、吠えた後などに、突然苦しそうに咳き込みが止まらなくなり、やがて日常的に呼吸の狭窄音(狭い所を空気が通る際に出る様々な雑音)が出るようになってしまった場合、気管虚脱という疾患が疑われます。気管虚脱とは、進行性に気管軟骨の軟化が進むことによって、本来はチューブ状になっている気管が、吸気や呼気の圧力が高まった際に潰れてしまうことにより発症する咳様の症状を主体とした呼吸器疾患です。現在のところ、その発生原因は不明とされ、小型犬(ポメラニアン、トイプー、チワワ、ヨーキー、パグ)に多く報告されています。初期には気管の一部に発生する気管虚脱ですが、進行すると気管全域、喉頭や主気管支の軟化が合併する可能性が指摘されており、末期に入ると治療が難しい疾患となってしまいます。

原因
先天性疾患に加え、肥満やアレルギー、タバコやホコリなどの増悪因子が考えられています。

診断
臨床症状で本疾患を疑いレントゲン検査にて診断を行います。診断の際には以下の情報が重要です。

1、気管虚脱のグレード分類
2、喉頭鏡や気管支鏡を用いた他の併発疾患の除外
3、心疾患や肺疾患の除外
4、マイコプラズマなどの呼吸器系感染症の除外

グレード分類と治療
グレード1〜2までは内科療法、グレード3〜4は外科療法の検討が推奨されているため、正確なグレード分類が重要となります。

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治療
全てのグレードにおいて、治療の目標は呼吸器症状を減らす事にあります。気管虚脱は進行性の疾患のため残念ながら症状をなくす事ができません。しかし、症状をしっかりと減らす事によって、進行を遅くしたり、気管虚脱からの合併症の発現率を減らす事を最大の目標とします。

グレード1〜2:内科療法が推奨
◯薬物療法
咳止め薬:ブトルファノール、ジヒドロコデインなど
抗炎症薬:経口プレドニゾロン、フルタイド(吸入薬)
抗不安薬:トラゾドン、アセプロマジン、ガバペンチンなど
ネブライザー:アセチルシステインなど
◯生活週間の改善
ダイエット(効果的)
首輪から胴輪に変更
タバコやホコリの暴露の減少
興奮や不安の除去

グレート3〜4:外科療法が推奨
ただし、喉頭虚脱、気管支虚脱が合併している場合には、外科療法単独での効果は得られないので、これらの疾患の慎重な除外が大切です。

外科療法には、手術で喉を切開して気管を直接操作する気管外アプローチ(気管リング、気管外プロテアーゼ)と、切開をせずに自己拡張型金属ステントを気管内に挿入する気管内アプローチ(ステント)の二つの方法があり、近年になって技術の進化とともにメリットやデメリットが大きく変化してきています。

気管内アプローチ(ステント設置術)
メリット
麻酔時間が短く、低侵襲性、新型ステント以降は合併症が大幅に減少。胸部気管虚脱に対しても適応可能。また、進行性を示した気管虚脱に対して、ステントの再設置の適応が可能である。

デメリット
敏感な気管内に金属製の異物が入ることによる種々の刺激や、ステントの破損や移動。しかしながら、新型ステントで大幅に減少。(ただし、2023年現在、気管外アプローチVSステント設置術の術後成績の優劣を判断するに必要な臨床データの蓄積はまだ充分ではありません)。また、ステント設置後も通常は投薬が必要となります。

従来型ステントVS新型ステント
従来型ステント

長軸方向に作用する外力に弱く伸びやすいため、ステントの気管内移動や破損の発生が少なくない数値で発生。また3次元方向の外力に対して初期形状に復元しようとする性質が強いため、押し返しによる気管粘膜への刺激があり、咳の悪化や肉芽形成の問題。

新型ステント(2020年台以降報告)
ステントの構造的改良により、外力に対する適応力が向上した結果、ステントの破損や移動が大幅に減少し、また外力の分散性能の獲得で、ステントによる押し返し力が軽減した結果、局所刺激性(肉芽形成の発生率)が低減。さらに、3次元方向への追従性が可能となり、絶えず動く気管壁に対して形状の変化になじみやすい。
比較に使用できるデータ
◯ステント破損:従来型19~45% → 新型9%
◯ステント移動:従来型37% → 新型4.5%
◯新型ステントの合併症発生率:9.1%

気管外アプローチ(気管リング、気管外プロテアーゼ)
メリット
従来型ステントと比較とした場合、気管内アプローチのように敏感な気道内を触れないので気道内刺激性という点で術後の気道内安定性が高い。

デメリット
術後一定の確率での反回喉頭神経麻痺による喉頭麻痺などの重度合併症、ステント設置術と比較した長時間麻酔と気管の血管や神経を操作することによる高侵襲性。頸部気管のみに適応が制限される(気管虚脱は進行性疾患のため、例えば適応となる頸部気管に気管外アプローチを行った後に、胸部気管虚脱に進展してしまった場合には、気管外アプローチの再適応不能)。

従来型気管外アプローチVS新型気管外アプローチ
従来型:気管外プロテアーゼ(PLLP)
筒状に加工した繊維を用いて、切開して露出した気管の外側から直接虚脱部を持ち上げる術式。難点としては、近年になって開発された医療用気管リングと比較して、気管との接触範囲が広い分、その範囲の気管や血管、反回喉頭神経への操作が多い点。また、医療用の人工繊維が市販されておらず、工業用の繊維の流用し、都度、獣医師が手製で作成、ガス消毒を一度してからガス成分の洗浄をして使用。

新型:気管リング
アプローチは従来型の気管外プロテアーゼと同様だが、筒状のPLLPと異なり気管との接触範囲が少なく気管の負担が軽減。また、医療用に滅菌された製品を使用できるという利点がありる。しかしながら、従来型のPLLP同様、進行性の病態をもつ気管虚脱に対して、頚部の気管虚脱のみが適応対象であり、胸部気管に進行した場合には適応不能。


当院での治療選択

2023年JAHA主催で開催された『世界基準の呼吸器外科』の講演において、ミシガン州立大学の名誉教授Bryden Stanley先生が示された治療選択基準を当院でも採用しています。気管虚脱は、以下のような考えを基に治療計画を立てる事が重要と言われています。

◯適切な対症療法
気管虚脱は進行性疾患であり、また長期間の咳や呼吸障害により様々な合併症を出しうる疾患のため、グレードに合わせた適切な対症療法を行うことが大切です。
◯適切なグレード分類
気管虚脱グレード1および2は原則内科療法、グレード3、4に対しては、それぞれの症状に合わせながら、外科療法の介入タイミングを計画することが大切です。そのためには適切なグレード分類と準備が必要となります。
◯グレード1、2
体重過多の場合はダイエットが非常に効果的です。首輪を使用している場合は胴輪に変更し、タバコやホコリの暴露を可能な限り減らします。興奮や不安によって吠えて咳が出てしまう場合にはそれらの対策も有効です。
◯グレード3
外科適応の可否、術式の選択、手術適期についての相談を行います。気管支虚脱や喉頭の虚脱など進行状況の把握、犬種によっては喉頭蓋後傾などの併発疾患の有無を評価します。
◯グレード4
症状がある場合には早めの外科を推奨。グレード3同様に、進行状況や併発疾患の評価を行いつつ、選択する術式の相談、決定を行います。当院では気管内アプローチは新型ステント術を、気管外アプローチでは気管リングの使用を推奨しています。

新型ステント登場後の当院での考え方
気管外プロテアーゼ(PLLP)の術式は、これまでの従来型ステントの気道内刺激性とを天秤にかけ、気道内刺激性が少ないという利点を得るために、長時間の麻酔や、気管の壊死や喉頭麻痺などの重度合併症は覚悟をするという側面がありました。近年になって新型ステントの低刺激性の報告が発表されるようになると、新型ステントのメリットとPLLPのデメリットとを比較した場合、PLLPのデメリットの捉え方が変わる可能性が指摘されています。気管外アプローチにおいて改良された気管リングの使用であっても、気管への手術操作によるダメージや術後の反回喉頭神経麻痺のリスクをゼロにすることはできません。また気管虚脱の進行性の悪化が報告されていることからも、新型ステントの出現によって、気管外アプローチ(気管リングやPLLP)の適応は今後減る可能性が指摘されており、当院でも同様に考えています。

  気管ステントVS気管リング
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まとめ
気管虚脱の治療は、技術の進歩とともに様々な選択肢があります。それぞれの方法にメリットやデメリットが、また、それぞれに合併症の発生リスクもあります。一概に最善の治療選択肢があるわけではなく、年齢や併発疾患、外科に対する飼い主個々人の価値観などを加味し、慎重に相談、決定する事が重要となります。