獣医腫瘍科認定医 Dr野上の腫瘍講座7

〜消化管に発生するリンパ腫について〜

犬や猫では、悪性リンパ腫は消化管腫瘍のなかで最も多く発生する腫瘍です。

慢性的な食欲不振や嘔吐、下痢、体重減少などの症状を呈する高齢の犬や猫で診断されることも多くあります。

同じリンパ腫であっても悪性度や治療反応性は様々であり、抗がん剤を中心に多くの治療法が検討されています。抗がん剤治療と聞くと動物たちのストレスや副作用など負の側面が目立ち、治療に不安のある方も多くいらっしゃると思います。現在では、抗がん剤の副作用を予防、軽減する対策も充実しており、当院でも抗がん剤治療の際は積極的に対策しています。

また、動物たちのリンパ腫の治療は「完治」ではなく「長期寛解」を目的としており、腫瘍と共存しながらもできる限り長く、かつ元気に過ごすことができるよう治療を進めていきます。人の抗がん剤治療と比較して動物では薬剤を少なく投与することで、腫瘍に対する効果が減弱するというデメリットはあるものの、副作用の発現を抑えられるというメリットがあります。

リンパ腫は白血球の中のリンパ球が腫瘍化したもので、体のあらゆる部位で発生します。消化管のリンパ腫は胃、小腸、大腸や腹腔内のリンパ節にしこりを作り増殖することで様々な消化器症状が現れます。

今回は高齢の犬や猫で発生することが多い消化器のリンパ腫の診断、治療法についてまとめました。慢性的な消化器症状を呈する動物たちの検査や治療でお困りの方や、リンパ腫の疑いや診断を受けどのような治療が良いか迷われている方など少しでもお役にたてば幸いです。

 

診断
腹部エコーなどの画像検査により、消化管の腫瘤や腹腔内リンパ節の腫大、病変の発生部位(胃、小腸、大腸)などを確認します。腫瘤やリンパ節の腫大が認められた場合には、細い針を用いて病変の細胞を採取する細胞診を無麻酔または軽い鎮静下で実施します。

多くの場合細胞診で診断がつけられるのですが、以下のようなケースでは内視鏡検査や開腹下での腸の組織検査を考慮する必要があります。

・腫瘤が固く細胞診で十分な量の細胞が採取されない場合
・細胞診のみでは慢性腸炎という非腫瘍性疾患との区別が困難な場合(とくに小細胞性リンパ腫の場合)
・腫瘤を形成せずエコー検査で異常が検出されないタイプのリンパ腫の場合など

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<リンパ腫の消化管のエコー画像>
消化管(黒い部分)がドーナツ状に厚くなり、しこりを形成しています。

治療法
リンパ腫の多くは抗がん剤の効きが良いことや診断時には病変が広範囲に及んでいることが多くあるため、抗がん剤治療が適応となります。

犬や猫ではCOP、CHOPプロトコルと呼ばれる多剤併用療法(ドキソルビシン、ビンクリスチン、シクロフォスファミド、プレドニゾロン)が第1選択とされてきました。このプロトコルは体表に発生するリンパ腫(多中心型リンパ腫)に対しては非常に効きが良いのですが、消化器のリンパ腫に対しては効果が劣り、生存期間中央値は2~3か月ほどと報告されています。

また、このプロトコルに含まれるビンクリスチンという薬剤には消化器毒性があり、特に猫では1~2週間ほどの食欲低下や消化器症状が続くことがあります。リンパ腫の影響で嘔吐や下痢を呈している動物たちにとってはできれば避けたい副作用です。

近年ではビンクリスチンの代替薬として消化器毒性の少ないビンブラスチン、CCNU、ACNUと呼ばれる抗がん剤が選択されることもあります。これらの薬剤は消化器毒性は少ないものの骨髄毒性が強く白血球の数が大幅に減少することから、抗がん剤治療中の感染症などには注意が必要です。CCNUやACNUを用いたプロトコルではCHOP、COPプロトコルと比較して生存期間中央値が延長する傾向が認められ、消化器毒性が少ないことから消化器のリンパ腫においては主戦力となってくる治療と考えられます。

また、消化管のしこりが原因で腸閉塞や腸穿孔が疑われる場合は、抗がん剤治療の前に開腹手術にてしこりのある部位の消化管を切除する必要があります。この場合は放っておくと腹膜炎や敗血症に進行し命に関わるため早急な処置が必要となりますが、周術期のリスクも非常に高くなるため、麻酔手術に耐えられるかどうか慎重に判断しなければなりません。

また、閉塞や穿孔が疑われない消化管のしこりに対し、外科手術にてしこりの切除を実施後に抗がん剤治療を組み合わせる治療法も検討されています。特に猫では病変が限局していることもあり、外科手術も併用した場合の生存期間中央値が14か月と抗がん剤単独治療よりも良好な治療成績が報告されています。

低悪性度のリンパ腫ではクロラムブシル、メルファラン(+ステロイド)というご自宅で投薬が可能な抗がん剤治療が中心となり、生存期間中央値も約2年と経過が緩やかなことが多いです。

 

消化管のリンパ腫は種類によって治療法や予後が大きく異なります。病理検査の結果に基づいた適切な抗がん剤治療によって、より長く安定した体調を維持できることが理想的ですが、動物とご家族にとって治療が大きな負担となってしまわないよう、あらゆる治療方法についてメリットやデメリットを交えご提案させていただきたいと思います。副作用を考慮した抗がん剤や、副作用の予防や対策、通院頻度を抑えた治療法など詳しく知りたい方はどうぞ一度ご相談ください。