FIP(猫伝染性腹膜炎)という病気は、1歳未満の猫に多く発生する疾患で、以前は有効な治療法がなく、致死率が100%というとても恐ろしい疾患でした。
しかし2021年頃、人のコロナウイルスの治療薬が猫のFIPにも有効であることが報告され、現在では複数の治療薬による治療成績のデータが蓄積されつつあります。
当初は輸入薬のみであり供給が安定しなかったことや、試験的な治療であるため猫への安全性が確認されていなかったことなどの理由により治療薬の導入が難しい状況でしたが、近年では一部の薬剤が国内で入手可能となり、多くのFIP症例の治療を以前よりも安定的に実施することができるようになりました。
当院においても様々なデータから治療法を吟味し、より多くのFIP感染に苦しむ猫ちゃんたちを救うことができるよう、価格を抑えたモルヌピラビル(経口薬)と重症症例の治療にも用いることができるレムデシビル(注射薬)を導入することにしました。

ネココロナウイルス抗体測定について
FIPという疾患はもともと弱毒なネココロナウイルスに感染した猫の体内で、遺伝子の突然変異が起こり強毒化したものです。弱毒なコロナウイルスの感染は一般的であり、無症状か軽い一過性の下痢の症状にとどまることが多く、感染後数か月~数年かけてウイルスが排除されます(一部の個体では長く残る場合もあります)。
しかしその過程で、何らかのストレス等により10%ほどの猫でFIPを発症すると言われています。そのストレスのひとつとして避妊去勢手術もあり、術後にFIPを発症してしまう例も認められます。
ネココロナウイルス抗体検査は、ごく少量の血液にてコロナウイルス感染の有無を調べることができます。現在、実施可能なコロナ抗体検査の感度は90%以上、特異度が100%と非常に検査精度が高いことが報告されており、抗体陰性であればFIPを発症することはほぼないと判断することができます。抗体陽性の場合には、ペットホテルやお引越しなどの環境の変化を避ける、新たな動物の飼育を避ける、避妊去勢手術の時期を遅らせるなど、ストレスに注意しながら生活することで発症の予防につなげることができます。
注意点として、コロナ抗体はコロナウイルス感染の有無を調べることはできますが、FIPを発症しているか否かは評価することができません。そのため、発熱や黄疸などFIPを疑う症状がある場合の確定診断には別の検査(胸水やリンパ節などのPCR検査)も併せて行う必要があります。

🐱弱毒のネココロナウイルスは、感染していてもFIPを発症しない子が大多数であるため、過度に心配する必要はありません。
ストレスとなるイベントをなるべく避け、体調の変化に気を付けながらたくさん触れ合い遊んであげていただきたいと思います。また、万が一FIPを発症してしまっても早期に治療を開始できた場合には、現在では多くの猫で良好な予後が報告されています。
🐱FIPの発症予防は、多くの猫ちゃんたちの命を助けることにもつながります。
とくに、去勢避妊手術の推奨される時期とFIPの発症しやすい時期が重なっていることから、手術前の検査項目の一つとしてコロナ抗体検査はお勧めできる検査です。
次のような場合にネココロナウイルス抗体の検査をお勧めいたします。
- 仔猫をペットショップや保護施設からお迎えした
- 多頭飼育されているご家庭での感染状況を把握したい(多頭飼育下ではネココロナウイルスの感染・再感染リスクが高いことが報告されています)
- 避妊や去勢手術を考えており、術前リスクとして感染の有無を知りたい
- 特に1歳未満の猫でFIPを疑う症状がある(抗生剤で改善しない発熱など)
- 元気、食欲の低下、発熱等の症状に対しFIP感染の除外をしたい
- 以前ネココロナウイルスに感染したことがあり、その後ウイルスが排除されているか確認したい
以下にFIPに関する詳しい記述を書いています。ご興味のある方は是非お読みください。
①FIPの病態と診断方法の整理
猫伝染性腹膜炎(FIP)は、近年治療薬の普及により多くの猫ちゃんの治療が可能となりました。しかし、進行してしまうと治療しても助からないケースもあるため、より早期に診断し治療開始できることが重要です。
FIPは診断が比較的容易なウェットタイプと呼ばれるものから診断が非常に難しいドライタイプ、またはその混合型と呼ばれるものまで様々です。
今回はFIPの病態を整理し、それぞれのタイプの診断に必要な検査やその解釈についてご紹介します。
FIPの診断や治療については未だ不明確な部分も多く、FIPについて不安を抱えている飼い主さんも多くいらっしゃると思います。今回の記事が少しでも有益な情報となれば幸いです。
②FIPの病態について
● もともと猫腸コロナウイルスに感染した猫の体内で、ウイルスの遺伝子変異が起こり強毒化することでFIPを発症するという説が有力です。
比較的多くの若い猫では腸の細胞内にコロナウイルスを保菌しているのですが、それが何らかのきっかけで(ウイルス側or生体側どちらかが原因かは不明)遺伝子変異を起こし、マクロファージなどの免疫細胞内で急速に増殖し、全身にウイルスが拡がると言われています。そしてウイルスを攻撃する生体の免疫防御反応が過剰に働くことにより全身性の強い炎症を引き起こし、血管炎や肉芽腫が形成され様々な症状として現れます。
● 血管炎とは、血管におこる炎症を指します。ウイルスに感染したマクロファージが全身の血管の周囲に集まり血管壁を傷つけることで脆くなり、血管内の液体成分が漏れ出します。その結果、胸水や腹水の貯留が認められるのがウエットタイプです。

<腹水の貯留した症例のレントゲン写真>
Solikhahら, Veterinary World, 2024より引用
● 肉芽腫とは、炎症のかたまりを指します。体の各臓器でウイルスを排除しきれないと、そこにマクロファージなどが集まりウイルスを取り囲むようなかたまりを形成します。
FIPでは腎臓、肝臓、腸、リンパ節、脳組織などに肉芽腫が形成されることが多く、これらはドライタイプと呼ばれています。

<腎臓に肉芽腫(矢印)が発生した症例>
~モダンメディア70巻12号2024話題の感染症(動物の感染症)より引用
③FIP診断が難しい理由
● FIPの症状は特徴的なものがなく、他の多くの疾患と似ている
⇒発熱、元気食欲の低下など
● FIPの検査所見も他の多くの疾患と似ている
⇒炎症マーカーの上昇、黄疸、胸水腹水、リンパ節の腫脹など
● ウイルス検査によって、多くの猫が保菌している腸コロナウイルスと変異したFIPウイルスを区別することはできない
⇒ウイルス陽性=FIP発症ではない
● FIPの確定診断は病理組織検査のみである
⇒その他のウイルス検査はあくまでも補助的な検査である
④ウイルス検査と解釈
● 抗体検査
少量の血液で、コロナウイルスの抗体価を調べることができます。
抗体価の上昇は過去にコロナウイルスに感染したことを示唆していますが、現在FIPを発症しているのか、今後発症するリスクが高いのかについては評価できません。
しかし抗体陰性の場合にはFIPをほぼ除外することができるので、FIPに関する不要な検査や治療を避けることができます。
● PCR検査
少量の血液、糞便、胸水、腹水、脳脊髄液、眼房水、臓器の細胞など様々な検体で検査することが可能です。
検体中のウイルス遺伝子を増やして調べることで、ウイルスの存在を証明することが可能です。しかし、PCRでも腸コロナウイルスとFIPウイルスを区別することはできないことから、PCR陽性でも検体の採取部位によって慎重な解釈が必要です。
✔ 胸水、腹水:陽性であればFIPの可能性が非常に高い
✔ 臓器の細胞診:FIPが強く疑われるが、細胞針の際の血液混入や腸由来のウイルスの影響を受けることがある
✔ 糞便:もともと保菌している腸コロナウイルスを検出している可能性があり、判断は限定的
✔ 血液:一時的に腸コロナウイルスが血液中に検出されることもあり、慎重な判断が必要
また、検体量が少ない場合や検査の特性上、実際にはウイルスが存在していても検出されないことがあります。そのため、PCRが陰性でもFIPを完全に否定することはできず、必要に応じて再検査や他の検査を検討します。
● 病理組織検査、免疫染色
主にドライタイプで、腎臓や肝臓、腹腔内リンパ節などに病変があり、病理組織検査で「化膿性肉芽腫性炎症」という特徴的な炎症所見が得られ、さらに免疫染色によりその病変中にコロナウイルスが存在することが証明されれば、最短ルートでFIPの診断にたどり着くことができます。

<腎臓の組織内にコロナウイルスが存在している組織所見(茶色に染まっている部分)>
~Solikhahら, Veterinary World, 2024より引用
しかしながら、この検査のためには全身麻酔下で組織を採取する必要があり、FIPを発症した猫ちゃんにとっては、負担の大きい検査でもあります。また、眼や脳に病変がある場合には、採取自体が困難であり現実的ではないケースも少なくありません。
では、この検査はほぼ行われることはないのかというと、決してそうではありません。
腹腔内リンパ節の腫大や腸管の肥厚、しこりを形成する疾患としては、FIPの他にリンパ腫、好酸球性線維増殖症、その他の腫瘍性疾患などが挙げられます。これらはそれぞれ治療法や予後が大きく異なるため、可能な限り確定診断を行うことが重要です。
一部のリンパ腫であれば細胞診で診断に至ることもありますが、それ以外の疾患では有用な細胞が十分に採取されないことも多く、最終的な診断には病理組織検査が重要な役割を担います。
検査には体への負担になるものもあるため、その子の状態に合わせてどこまで調べるかを、大切に考えていきます。特に病気の進行が早い場合には、補助的な検査結果をもとに治療を開始する場合もあります。大切なのは、その子にとって一番良いタイミングで最適な選択をしていくことだと考えています。
