病院だより

獣医腫瘍科認定医 Dr野上の腫瘍講座4

〜動物の緩和ケアについて考える〜

 緩和ケアとは以前は終末期に行われるケアというイメージがありましたが、現在では腫瘍をはじめとする主に慢性疾患の診断を受けたときから、その疾患に対する根本治療と並行して行うケアであると位置づけられています。

緩和ケアは症状を和らげ生活の質を改善することを目的とし、検査所見や罹患している疾患そのものより、「今ある症状」にフォーカスした治療です。

人医療では早期から緩和ケアを取り入れることで生活の質が保たれるだけでなく、寿命の延長につながるなど多くのメリットがあることがわかっており、細かなガイドラインが定められ様々な側面からケアが行われています。一方、動物医療ではそのような明確なガイドラインはないものの、動物たちの身体的苦痛を取り除くことができるよう日々の診療の中に緩和ケアが取り入れられていることが多くあります。高齢の動物で腫瘍に罹患した場合には根治を目指した積極的な治療が困難なことも多く、緩和ケアはより重要な立ち位置を占めていると言えます。

緩和ケアには疼痛管理をはじめとした薬物療法のほか、栄養学的管理や積極的な緩和ケアとしての治療(外科、放射線、化学療法など)など様々なものがあります。

例えば、口腔内に悪性腫瘍が発生した場合の緩和ケアとして腫瘍の容積を減らすための外科手術や放射線治療、腫瘍の進行により十分な食事が取れなくなることを想定した胃婁チューブの設置、疼痛に対する鎮痛薬の使用などが挙げられます。

疼痛管理について
近年では疼痛の程度や病態に応じて鎮痛薬の選択肢が増えてきました。実際に周術期や入院治療中の症例において麻薬性鎮痛薬の使用による鎮痛効果も強く実感しています。

今回は実際に使用している薬剤についていくつか紹介させていただきます。治療を選択する際の参考にしていただけると幸いです。

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鎮痛効果の弱いものから順に
ブトルファノール<ブプレノルフィン<モルヒネ<フェンタニル

・ブトルファノールは鎮痛作用が弱いものの、軽い鎮静作用もあり不安を和らげる作用があります。

・ブプレノルフィンは基本的には注射薬ですが、猫では歯肉からも吸収されるためご自宅で経口投与も可能です。

・フェンタニルは非常に強い鎮痛効果が得られ、特に点滴で持続投与することにより長時間鎮痛効果が持続します。作用発現までは12~24時間ほど要しますがご自宅ではフェンタニルパッチという動物の皮膚に貼るタイプの薬剤も使用可能です(麻薬であるため使用には注意が必要です)。効果が強い分、呼吸抑制や鎮静などの副作用が他の薬よりも多く認められるため慎重な投与が必要です。

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NMDA受容体拮抗薬(ケタミン、アマンタジン)

・ケタミン(注射薬)は麻酔薬として使用されることが多い薬剤ですが、痛みの増強を抑える効果などが期待できます。

・アマンタジンはケタミンの内服薬であり、ご自宅での投与が可能です。

 非ステロイド系消炎薬(メロキシカム、フィロコキシブ、ロベナコキシブ)

・安定した鎮痛効果が見られる経口薬で、最も多く処方される消炎鎮痛薬のひとつです。

・他の薬剤との併用でより強い鎮痛効果が期待できます。

・長期投与による消化管潰瘍や腎障害に注意が必要です。

 ガバペンチン、プレガバリン

・神経性の疼痛に対しての効果が期待されます。

・抗不安作用もあり、来院時にかなり緊張してしまう猫ちゃんにはご自宅で内服することで不安を軽減させることもお勧めです。

 抗NGF抗体薬(リブレラ、ソレンシア)

・昨年犬と猫の慢性関節炎の治療薬として承認・発売された薬で、一回の注射で約1か月間鎮痛効果が持続します。

・まだ情報量があまり多くない薬剤ですが、腫瘍による疼痛管理にも効果が期待されています。

・1か月に1回の注射で痛みが和らぎ、日々の投薬を減らすことができたら強い味方となりうる治療法ではないでしょうか。

ご自宅での飼い主さんから見た動物の様子と、身体検査から得られる客観的な疼痛の評価をもとにその子にあった緩和ケアを一緒に考えていきたいと思います。

  • 現在、痛みの症状で生活の質が下がり困っている
  • 痛みのケアが十分できているのか不安である
  • 今後痛みが出てきたときの対処が不安である

上記のようにお困りの方や、鎮痛薬についてもっと詳しく知りたい方などはお気軽にご相談ください。

栄養学的管理について

腫瘍の治療中、十分に栄養を摂取することは、免疫力を強化し治療の副作用を軽減できるなど多くのメリットがあります。しかし、腫瘍の進行や治療による食欲不振が避けられないことも多く、そのような場合には皮下点滴による脱水の改善や食欲増進剤の使用、吐き気や痛みに対する対症療法などを実施します。

また、なかなか食欲の改善が見られない場合には強制給餌も積極的に取り入れることがありますが、動物にとっても飼い主さんにとってもストレスが大きく途中で諦めざるを得ないこともあると思います。

長期的な食欲不振や口腔内腫瘍などで食べたいのに食べられないような場合には、チューブフィーディングという選択肢があります。食道や胃、腸に栄養チューブを通しそこから流動食を入れることで必要な栄養素を摂取する方法です。

チューブを設置するための麻酔や処置に対する不安がある方や、無理な延命につながるのではないかと抵抗のある方もいらっしゃると思います。しかし、実際には麻酔時間は短く動物への負担が少ない処置であり、多くの動物たちはチューブをあまり気にすることなく生活することができます。なによりも日々の給餌や投薬のストレスから解放されること、同じ闘病期間であったとしても、より生活の質を高く保つことができる方法の一つであると考えています。

                      

『病院だより』の更新情報

◯伊藤獣医師の『GOLPP(老齢性喉頭麻痺多発性神経障害症候群)』がアップされました。大型犬(70%がラブラドールで発症)を飼われている方はぜひお読みください。

『病院だより』の更新情報

○野上獣医師の『Dr野上の腫瘍講座3』がアップされました。呼吸器系の臨床検査でお悩みがある場合ぜひお読みください。

○伊藤獣医師の『気管虚脱の新たな治療選択肢、新型ステント』がアップされました。気管虚脱の診断があり、現在の臨床症状でお悩みがある場合ぜひお読みください。

どちらの内容も気になる方は診察時にお気軽にご相談下さい。

 

 

GOLPP(老齢性喉頭麻痺多発性神経障害症候群)

GOLLPとは、大型犬のストライダー喘鳴:ゼエゼエ、ヒューヒューとなる呼吸音)の代表的な原因疾患で、喉頭機能の障害(喉頭麻痺)による喘鳴の他、飲水時のムセや咳、声の変化、運動不耐性などの症状を示す疾患です。発生犬種の70%がラブラドールと言われており、私自身もラブラドールとともに20年以上生活していますが、確かにラブの中には老齢期に入ると喉頭機能の低下が気になるコが出てくるのは実感として感じています。

過去には喉頭単独の病態と捉えられていたGOLPPですが、最近の知見では、進行性、全身性の神経障害を併せ持つ疾患であり、進行にともなって、運動失調や後肢麻痺、歩行不能に陥ったり、食道機能障害による誤嚥性肺炎を併発させる事も知られてきています。そのため、老齢期になって喉頭や筋肉、食道などの様々な部位に進行性に神経学的異常を示す症候群として表現されています。
症状(障害部位により様々)
喉頭機能障害
ストライダー、飲水後の咳やムセ、声の変化など
神経障害
筋の萎縮、後肢のふらつき、脱力など
食道機能障害
誤嚥、吐出、誤嚥性肺炎など

診断
軽い麻酔による沈静下で行います。気管支内視鏡を用い呼吸のタイミングに合わせた喉頭の開閉(空気の取り込み)を観察し、吸気のタイミングで本来は開くはずの喉頭が動かない事を確認し診断とします。また動いてはいるが痙縮(小刻みな震え様)も本疾患と診断されます。麻酔が難しい場合、診断率は下がりますが、無麻酔喉頭エコー検査で診断を試みる事もできます。

正常な喉頭の写真です。吸気時に喉頭が開く事を確認します。2023-12-20-14-26_1

GOLPPに関するデータ
GOLPP症例のうち、ストライダーが出るようになった時点で既に26%の症例で何らかの神経症状が出ているといわれています。また診断時から平均12ヶ月で神経症状の発生率は100%となり、平均予後が23ヶ月という厳しいデータも報告されています。

神経症状の内訳
17%:軽度運動失調、軽度脱力、後肢のもたつき
37%:中程度以上の運動失調、筋萎縮
42%:顕著な後肢麻痺
4%:歩行不能

治療
喉頭機能障害
糸で喉頭を広げるタイバック術や半導体レーザーを用いて狭くなった喉頭を広げる方法があります。しかしながらGOLPPが持つの様々な臨床症状のうち呼吸器症状のみが治療目的である点と、強制的に広げられた喉頭によって10〜24%で誤嚥性肺炎が合併することが知られているため、両方法は抜本的治療ではなく、QOL改善が目的の方法となります。適応時期の決定には、年齢や症状の程度、進行速度などを加味した熟慮が必要となります。
神経障害
後肢のふらつきが出始めたら理学療法を始め少しでも進行の速度を抑える事を目的にします。プールも有効ですが、喉頭機能障害より誤嚥しやすいため顔を水につかない工夫が必要です。
食道機能障害
食事の与え方の工夫、食道機能のサポートする各種薬剤の使用しQOLの向上を目的にします。適切な管理で誤嚥性肺炎の発生率は18%→8%まで下げられる事が報告されています。

GOLPPは老齢期に入ってから発症する疾患です。老齢期ゆえに加齢による変化と病気との境界線の判断が難しい疾患といえます。また内科療法にしても外科療法にしても決定的な治療法は2023年現在まだありません。したがって、呼吸音に違和感を感じたり、咳やムセが気になった場合、できるだけ早期に本疾患を疑い、症状の程度やオーナーの価値観に合わせた方針の相談(経過観察、対症療法、確定診断)が大切です。

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GOLPP発症後のデータには厳しいものがあります。しかし、進行の遅いGOLPPの報告もあります。QOL維持に必要なサポートを行いながら、老齢期の入った大型犬の全てのコ達が、少しでもゆっくりと穏やかに歳を重ねる事ができたら飼い主としても獣医師としても嬉しいですね。

獣医師:伊藤

気管虚脱の新たな治療選択肢、新型ステント

気管虚脱の治療に用いる気管ステントの新型のご紹介です。ステントとは金属製のチューブ状の医療用器具で、管状の臓器(血管や尿管、気管など)の管構造を再建するために用いられています。新しく登場したステントと従来型ステントの合併症を比較した論文が近年になって発表され、ステントの構造上の改良によって従来型ステントのもつデメリットが大幅に改良された事が報告されました。

気管虚脱とは、何らかの原因により気管(空気の通り道)を構成する気管軟骨の軟化が生じ、気管の一部に虚脱(細くなってしまうこと)が起こる疾患です。本疾患は進行性疾患のため、やがて広い範囲の気管に虚脱が広がったり、気管支(気管が細くなって枝分かれした部位)にまで虚脱が進展してしまう事がある呼吸器疾患です。
詳細は当院HPに記載
気管虚脱

写真は頚部気管虚脱の症例の一例です。黄矢印部をわずかな力で押し込むと下図の写真の黄矢印部のように簡単につぶれてしまいます。スクリーンショット 2023-12-27 143434 スクリーンショット 2023-12-27 143456
本来の気管は軟骨性の硬いホーズのような組織で、写真のように弱い力で潰れる事がないため、気管虚脱(気管軟化症)と診断されます。
内科療法が無効の気管虚脱の治療には、ステントを用いた気管内アプローチ法と気管リングやアクリル材のPLLPを用いた気管外アプローチ法(手術)の二つの方法があります。両方法の使い分けは、獣医師による考え方によるものであったり、気管虚脱の発生部位、動物の年齢や体の大きさ、併発疾患の有無などによって決められているのですが、おそらく一つの方法に定まっていない理由には、以下のような事由があげられます。(あくまで私見です)

ステントは低侵襲性で、麻酔時間も短くていいけど・・・
◯気管粘膜への刺激が強くでてしまい咳が余計に出てしまう事が
◯ステントに対する異物反応で肉芽形成が起こり気道狭窄の懸念が
◯気管内に設置したステントの破損や移動が起こることが

気管リングやPLLPは気管粘膜への刺激が少なくていいけど・・・
◯手術による反回喉頭神経の障害からの喉頭麻痺の心配が
◯麻酔時間が長く、高齢や基礎疾患のあるコには不向き
◯気管の後方(胸部気管)にはそもそも適応できない
◯気管虚脱はそもそも進行性に広がる病気

つまり上記のメリット、デメリットをまとめると、
ステントは低侵襲かつ短時間麻酔で良好な治療効果が得られるのが、異物であるステントを気管内に残す事による問題点が懸念され、気管リングやPLLPは、気管内に異物(縫合糸を除き)が入らず低刺激性で治療効果も良好だが、発生すると怖い喉頭麻痺や気管壊死などの合併症の問題が懸念されるという事になると思います。甲乙つけがたい両者の比較の中、新型ステント登場によってこの図式が変わるかもしれません。獣医療の先導となっているアメリカの専門医の中にも新型ステントの登場により気管虚脱の治療がステントの一択に置き換わるのではと言う人もいるほどです。

新型ステントに関する文献状のデータでは、
◯ステント破損:従来型19~45% → 新型9%
◯ステント移動:従来型37% → 新型4.5%
◯新型ステントの合併症発生率:9.1%

新型ステントの強み
新型ステントの最大の特徴は、気管内に設置された後、絶えず動く気管の3次元方向の動きに対する追随性能の向上により、気管の中でのステントの安定性が大幅に増した結果、ステントの変形から生じるステントの破損や移動が大幅に減少した点にあります。また、独自の網目構造がステントにかかる気管粘膜からの力を分散する結果、ステントからの気管への押し返しの力が減少し気管粘膜への刺激が軽減されたという点もあります。

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〜メーカー添付資料より抜粋〜
ステントを入れたビニールの筒を捻ったり引っ張ったりした際のステントの安定性を示す図。あらゆる方法に対して網目構造が安定し、外力が分散されていることがわかります。

ステントVS手術(気管リング、PLLP)
内科療法が無効な場合の気管虚脱の治療において、ステントと手術どちらを選択するのかの議論はいろいろあります。どちらの方法がより優れているのかというものではないものの、これまでの議論の材料に挙げられきたステントのデメリットは、これまでのステント(従来型ステント)の術後成績から得られたデータに基づくものでした。新型の登場によりステントの術後成績の大幅な向上のデータを今後蓄積することができるのであれば、ステントVS手術の見解の潮目が大きく変わるかもしれません。

動物達にとってより負担の少ない治療方法が、より安全で、より良い結果を出せる方法となるような進化が、この新型ステントで起こると革新的ですね。

獣医師:伊藤