excessiveTPA

犬の前十字靭帯断裂の外科治療において、2025年時点で術後成績が最もよいとされるTPLOですが、この術式にもいくつかの弱点があります。今回は、いくつかの弱点のうち、excessive TPAとその対策についてまとめてみます。

TPLOの手術原理を簡単に表現すると、『斜めにできている膝の土台を平らにする』ことで膝を安定させる手術ということになります。下の写真で示す緑の線は、大腿骨が乗っている脛骨の高平部という土台を表しています。本来、土台(高平部)は膝関節を滑らかに動かせるように斜めにできているのですが、斜めの土台でも膝が安定できているのは前十字靭帯靭帯のおかげです。しかし、靭帯が伸びたり切れたりしてしまうと、斜めの土台で膝(大腿骨)が安定できずに、坂道を転がり落ちるようにズレてしまうことで、様々な程度の跛行や関節炎を引き起こします。

TPLOでは、下図のように、回転骨切るという方法で骨を移動させ、斜めの土台を平らに近い状態に変えることができます。これによって、前十字靭帯に頼らない膝の安定性を獲得しています。

しかしばがら回転骨切には限界があります。それは、回転骨切りによって移動できる骨の距離に制限がある事です。骨を移動させ過ぎてしまうと、術後の骨折やプレートの破綻などの合併症が生じやすくなってしまいます。通常、ほとんどの症例では、回転骨切りによって骨の移動をし過ぎる必要性が生じないため、TPLOという術式に何ら問題がないのですが、excessive TPA症例の場合は例外です。

excessiveTPA症例とは

TPAとは上の写真で示す緑の線の坂道の角度のことです(本当は少し違うのですがわかりやすいので)。excessiveとは『過剰、過度』等を意味することから、excessiveTPA症例とは、『急坂な土台を持つ症例』ということになります。

正常なTPA(坂道)は報告によっても異なりますが24〜28°とされていて、前十字靭帯断裂症例ではこの角度が大きい傾向があります。TPLO手術の目的は、TPA(坂道)の角度を回転骨切によって5°(平ら)にすることなので、TPA25°の症例では20°回転させ、30°の症例では25°回転するという具合です。回転角度が増えるに比例して、回転に伴う骨の移動距離も大きくなるのですが、上述のように、一定以上の移動からは種々のトラブル(脛骨粗面骨折やプレートの破綻)が増えます。一定以上の角度とは、大型犬で35°、小型犬で42°(報告によって多少異なっていたり、日本の獣医師と海外の獣医師間でも考えの差があり、日本では大型犬で40°という声もあります)とされており、これを超えない角度がTPLO手術の安全域、これを超える角度を持つ症例をexcessive TPA(過剰TPA)症例と呼びます。

excessiveTPA症例の問題点

上図は、通常のTPA症例(左側)とexcessiveTPA症例の(右側)の手術前シュミレーションです。緑の線がセーフラインと呼ばれ、これを超えた骨の移動は術後の合併症のリスク因子の一つとなります。excessive TPA症例では、回転させる角度が大きい(=移動距離が大きい)ため、このセーフラインを骨の移動が超えてしまい、術後の脛骨粗面の骨折リスクを高めます。また、セーフラインを超えた骨の移動によって、赤矢頭が示すように骨の後方移動も通常TPA症例と比較して大きくなります。後方移動が多くなると、その後設置するプレートに対する体重負荷が大きくなりプレート破綻リスクを高めます。このように、excessive TPA症例は、通常のTPLO手術では術後の合併症リスクが上がってしまうのが問題点となります。

excessive TPA症例の対策

いくつかの方法があり骨の形状(個体差)によって選択も異なります。今回はDouble-Cut TPLO手術についてまとめています。本法は、回転(移動)させ過ぎてしまうことがexcessive TPAの問題点であるならば、回転だけに頼らなければいいという発想の術式です。

Double-Cut TPLO手術の原理ですが、下図のように、楔状に骨を切り抜いて(左図)、パタっと合わせることによって(右図)、TPA(坂道)の角度を少し和らげるような手法を用います。例えば37°の坂道が33°になったとします。わずか4°の差ですが、TPLO手術の安全域が35°以下とされているため、楔状の骨切開によってTPA37°の症例でも通常のTPLOで対応可能になります。

実際の術前シュミレーションを下に示します。

まずは、円状の楔を切ってパタっと倒すことでTPAの角度を平らに近づけます。(わかりやすくお伝えするために、詳細は条件等はここでは省いています)

次に、通常のTPLOの手法で骨をさらに回転させて5°を目指します。5°の達成とセーフラインを超えない移動距離が両立するよう、術前シュミレーションで何度も楔の厚さや移動距離を試行錯誤して各数値を決定していきます。目標に収まれば、プレートの適合を確認して完成です。

楔による角度調整によって、TPLOの回転移動距離を少なくすることができるため、excessive TPA症例であっても、セーフラインを超えない手術が可能となるのがDouble-Cut TPLOの最大利点といえます。

excessiveTPA症例に対しては、Double-Cut TPLO以外にもCCWOやmCCWOなどの手技があり、良好な術後成績も納めています。しかしながらCCWOやmCCWOなどの術式では、骨切が複数箇所に及ぶことから、術後の治癒過程に対する懸念の声もあり、当院ではDouble-Cut TPLOの術式を第一選択と考えています。

完成された術式と思っていたTPLOですが、まだまだどんどん進化をしています。本法を含めて進化するTPLO手術で、再び元気に走って遊べるコ達が増える事を願ってます!

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