犬の肥満細胞腫は、犬の体表に発生する代表的な「皮膚がん」の一つです。
もともと正常な皮膚などに存在する肥満細胞と呼ばれる細胞が腫瘍化し、皮膚に腫瘤を作ったものが皮膚肥満細胞腫と呼ばれています。見た目や大きさは様々であり、他の腫瘍と見分けがつかないような見た目を呈していることもあるため、「肥満細胞腫を疑う」場合や「肥満細胞腫を除外する」場合、細胞診を実施することが重要です。
この腫瘍には「低悪性度」のものと「高悪性度」のものがあり、治療法や予後が大きく異なります。また、皮膚のいろいろな場所に発生する多発性の場合や、下痢や嘔吐などの皮膚以外の症状を引き起こしうることも特徴です。
肥満細胞腫の多くは低悪性度であり、外科手術で腫瘍を取り除くことで根治が期待できる一方、高悪性度のものでは高率にリンパ節などへ転移し外科手術のみでは十分な治療効果を得ることが難しくなります。
「犬 肥満細胞腫」と検索するとたくさんの情報があふれ、混乱してしまうことも多くあると思います。ここで一度エビデンス等に基づき整理してお伝えしたいと思います。
低悪性度と高悪性度の見分け方
肥満細胞腫では、病理組織検査で低悪性度と高悪性度に分類されます(Kiupelの分類)。
以下のような所見が一つでもあると高悪性度と診断されます。
- 腫瘍細胞の核が腫大している
- 核の数が多い
- 核分裂している細胞が多い
- いびつな形をした核が多い
悪性度と予後の関係
上記の分類法に従った予後判定の結果では、低悪性度で中央生存期間が2年以上、高悪性度では4か月未満と明らかな予後の差が報告されています。生存中央期間とは、肥満細胞腫に罹患した症例のうち半数の症例が亡くなってしまった時期から算出しており、低悪性度では半数以上の犬が2年以上生存していて追跡調査期間内でも多くの症例が元気に過ごすことができていたということを表しています。
しかしながら、この分類法であっても完全に低悪性度と高悪性度を見分けるには限界があり、低悪性度の症例のうち約5%で腫瘍の進行が高悪性度に近いものが含まれることが報告されています。
(※別の評価項目により悪性度を3段階に分けるpatnaikの分類もありますが、今回は割愛しています)
病理検査以外で高悪性度を疑うべきその他の所見
- 発生部位(口唇、マズル、陰嚢、鼠径部など)
- 腫瘍の急速な増大、潰瘍化
- 皮膚以外の症状の出現(下痢や嘔吐など)
- 遺伝子変異あり
これらの臨床所見と病理組織検査の結果をもとに総合的に判断する必要があります。
リンパ節転移について
犬の肥満細胞腫はリンパ節転移を起こしやすい腫瘍に分類されています。悪性度が高いほどその割合も高くなります。皮膚に発生する肥満細胞腫では、腫瘍から最も近い位置に存在する所属リンパ節への転移が起こることが多いのですが、転移が認められる場合にはリンパ節切除も同時に行うことで治療成績が向上するというデータがあります。

<主な犬の体表リンパ節>
たとえば後肢に出来た肥満細胞腫の場合は膝の裏側にある膝下リンパ節が主な所属リンパ節となります。しかし、腫瘍が最初に転移するリンパ節(センチネルリンパ節)と所属リンパ節が一致しないこともあり、センチネルリンパ節の特定が今後の獣医療にとって重要な課題となっています。考えられるリンパ節をすべて切除する…という方法はあまりにも侵襲が大きく、手術後の合併症などのリスクもあり現実的とは言えません。
現在は所属リンパ節の腫れがないか触診や画像検査(超音波検査やCT検査など)を行い、所属リンパ節の細胞診を実施して腫瘍細胞が見られないか確認を行うことが推奨されています。
また、肝臓や脾臓への転移も起こりうるのですが、転移率は5%ほどといわれています。一般的に、所属リンパ節への転移がない場合には肝臓脾臓への転移はないとも報告されています。
遺伝子変異について
犬の肥満細胞腫の一部の症例ではc-kit遺伝子と呼ばれる腫瘍の制御に関わる遺伝子が変異し、うまく機能しなくなる(つまり腫瘍の進行を加速させる)ことがわかっています。
現在国内で検出可能なc-kit遺伝子の中で、特にエクソン11と呼ばれる遺伝子の変異が犬では最も多く認められます(9.1~17.0%)。特に悪性度が高くなるほど変異率が高く、変異ありの場合には予後が悪い傾向にあります。
しかし、遺伝子変異の認められた症例では、イマチニブやトセラニブという分子標的薬が良く効くため、近年では補助治療薬として多く用いられています。
遺伝子検査は細胞診や手術で摘出した組織で検査を行うことができ、補助治療薬の必要性や分子標的薬の適応の是非、手術が困難な症例においての治療選択の一つとして有用であると考えています。また、肥満細胞腫は再発や転移した場合に遺伝子がさらに変異することもあり、治療方法の見直しが必要な場合にも活用できる検査です。
今回は肥満細胞腫の悪性度の分類を中心にまとめました。とくに肥満細胞腫の悪性度は予後や治療法に大きくかかわるため、慎重な評価が必要です。
肥満細胞腫について詳しく知りたい方や、再発・転移や高悪性度と診断され今後の選択などでお困りの方などいらっしゃいましたら、ご相談ください。
また、皮膚のしこりの多くは良性のものですので、気になるしこりが出来たらあまり悩まずお早めにご相談いただけたらと思います。
