Dr野上の腫瘍講座 腫瘍外来症例のご紹介~副腎腫瘍

2025年6月7日

1. 症例 ミックス犬 11歳 去勢雄 

腹部エコー検査にて偶発的に副腎腫瘍が見つかり、今後の方針のご相談で来院されました。

2. 副腎腫瘍について

近年、エコーやCT検査の普及により腫瘍の診断精度が向上し、さらに偶発的な腫瘍が同時に見つかることも多くなってきました。

副腎は腎臓のすぐそばに存在する小さな臓器ですが、生体の維持に必要な様々なホルモンを産生しています。副腎腫瘍はステロイドホルモンなどのホルモンを多く産生し、脱毛や多飲多尿などのホルモンに関連する臨床症状が認められる場合と、ホルモンを産生しない場合があります。またホルモン産生の有無に関わらず良性、悪性、過形成(非腫瘍性)など様々な組織学的分類があり予後にも影響を与えるため、それらを区別して治療方法を選択していくことが重要です。

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しかし、腫瘍の確定診断は手術にて摘出した副腎の病理検査に委ねられ、術前の検査ではこれらを明確に区別することはできません。さらに、副腎は解剖学的に手術自体が容易ではないことや周術期合併症が生じやすいことなどから、手術の是非やタイミングなどを慎重に検討していく必要があります。

近年では、確定診断はできないものの画像検査にておおまかな腫瘍の種類の推測ができるようになりつつあり、それらの検査所見とご家族の希望なども併せて方針を決定していきます。

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副腎のエコー像。正常な副腎は落花生のような形状をしています。

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腫大し球体になっている腫瘍化した副腎

今回のエコー検査では、右の副腎に17mmで、石灰化や後大静脈への浸潤などが認められない腫瘤が確認されました。エコーの所見からは副腎皮質腺腫などの良性腫瘍疑いですが、腺癌などの悪性腫瘍の可能性も否定はできません。

考察及び検討事項

これまでの血液検査と尿検査では、コルチゾルの分泌量がグレーゾーンであり、典型的な臨床兆候が認められていないもののコルチゾル産生性腫瘍の可能性があります。このような場合には、経過観察とし腫瘍の拡大傾向が見られるようであれば手術を検討するケースが多いのですが、追加検査(CT検査、カテコラミン濃度の測定など)で得られるより詳細な情報をもとに、改めて手術の必要性について検討することも可能です。また、今後腫瘍の進行による様々な手術リスクを回避するため、現時点で手術を決定するという選択も可能と思われます。

このような選択肢の中で、ご家族のご希望やお考えをお聞きしながら、今後の方針を決めて行くことが大切だと考えています。副腎腫瘍がある、または副腎が腫れているなどの指摘を受け、治療法の選択にお悩みの飼い主の皆様にとって参考になれば幸いです。

以下に副腎の腫瘍に関する現在の獣医学的をまとめています。詳しく知りたい方は是非読んでみてください。

副腎の腫瘍について

犬の副腎腫瘍では、ホルモンを産生するタイプと産生しないタイプのものが存在し、良性(腺腫、過形成):悪性(腺癌、褐色細胞腫、転移性)の比率は1:1と言われています。

2016年の国内のデータでは、腺癌47.3%、褐色細胞腫27.3%、腺腫21%、過形成4%と悪性腫瘍の割合が多いのですが、実際には手術を実施していない過形成疑いの症例がこのデータには含まれていません。

副腎の悪性腫瘍では、腫瘍の進行は比較的ゆっくりであることが多いですが、進行すると周囲の血管や組織を巻き込みながら腫瘍が拡大し手術自体が困難になったり、肝臓や肺へ転移することもあります。

悪性であっても術前に腫瘍の進行が認められなければ、術後の長期予後は期待できるため腫瘍化した副腎を摘出する手術が望ましいのですが、他の腹部手術と比較して周術期合併症リスクが高いため、手術は積極的な治療選択というのが現状です。

各種検査について

ホルモン検査

副腎腫瘍ではコルチゾルやカテコラミンというホルモンを産生する腫瘍と、それらを産生しない腫瘍があります。コルチゾルの産生が多いと、多飲多尿、脱毛、肝酵素上昇などの症状が認められることが多く、カテコラミンの産生が多いと頻脈や高血圧などの症状が一般的ですが、カテコラミンによる臨床症状が認められるのは3割ほどと少ないためホルモン産生性の腫瘍であっても臨床症状が出ない場合が多いと考えられます。

コルチゾルやカテコラミンの濃度は血液や尿検査で測定し評価をしますが、動物におけるこれらの検査では一貫した結果が得られないことも多いため、臨床症状や他の検査結果も併せて慎重に評価する必要があります。

ホルモン産生腫瘍であれば、内科治療にて過剰に分泌されたホルモンを抑える治療が必要となり、また外科治療においても術前にホルモン濃度を適切に管理することで合併症の発生率を下げることができます。

画像検査(エコー検査、CT検査)

副腎腫瘍の確定診断には摘出した腫瘍の病理検査が必要となりますが、エコーやCT検査では副腎腫瘍の大まかな腫瘍の種類の推測が可能です。

一般的に、副腎の幅が20mm以上、石灰化、腫瘍の周囲への浸潤などが見られた場合には悪性腫瘍の可能性が高いと考えられています。また、最近ではCT検査でより詳細な評価が可能であるため、悪性腫瘍が疑われる場合や外科手術を検討する場合に実施します。

細胞診や組織生検

副腎腫瘍は血管が豊富で出血のリスクが高いことや、不整脈などを誘発する恐れがあることから、一般的に実施することが多くありません。

治療について

外科手術

副腎腫瘍に対して最も推奨される治療法であり、ホルモン産生性腫瘍の場合やホルモン非産生性腫瘍であっても、20mmを超える場合には手術を検討します。

副腎腫瘍の手術は、解剖学的な位置から腹部手術の中では難易度が高く、出血しやすいため敬遠されがちな手術ではありますが、多くの場合周術期を乗り切ることで長期予後は良好とされています。

また、腫瘍が大型(>50mm)の場合や、後大静脈への腫瘍の浸潤が見られる場合、ホルモン産生性腫瘍の場合などでは特に出血や低血圧、血栓症などによる周術期リスクが高くなり、周術期死亡率は最大20%程度と報告されています。

内科治療

ホルモン産生腫瘍であるが手術を希望されない場合や、転移などにより手術が不適応となった場合に選択します。

経過観察

ホルモン非産生性で<20mmの副腎腫瘍の場合、良性病変であることが多いため、無治療で経過観察とすることがあります。しかし<20mmでも悪性腫瘍の症例も存在するため注意は必要であり、定期的にエコー検査により腫瘍の大きさや見え方の変化を確認することをお勧めいたします。

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